日の暮れ、そろそろ友だちとの待ち合わせ時間になりますから、駅のベンチを離れることにしました。そうして無人改札を出ると、そこには、自転車から降りたばかりの友だちが。あれ、待ち合わせは、友だちの家の近くの公園だったはずだけれど。
「こんなに天気の良い日の夕方だから、ありあはきっとたくさん写真を撮ってるだろうと思って、駅まで迎えにきちゃった。どうせ待ち合わせ場所の公園に着くまでに、たくさん道草食う予定だったんでしょ、写真家さん?」
自身を「写真家」と位置付けることによって、何かが大きく変わるわけではありません。写真が劇的に上手くなるわけでもないし、そう名乗ることによって写真の仕事が来るわけでもありませんから。でも「写真が好きで好きでたまらないわたし」「写真によって近所の方々との繋がりを持つことに喜びを感じるわたし」「写真を通して、亡くなったおじいちゃんを感じることのできるわたし」これらすべてのわたしを「写真家」という肩書きで表すことができるのであれば、これほど便利で、都合のよくて、そして自身の心にスッと入りこむ言葉はないでしょう。「写真家」という言葉は、わたしが生きる上で必要なモチベーションを、幾分か与えてくれているのです。
わたしはこれから、たくさんの「写真家」さんと出会うと思います。そう呼ばれている方とも、自身でそう名乗っている方とも、そして、わたしがそうだと思う方とも。ここでひとつ心がけたいことは、それら「写真家」がひとつとして同じではないということを理解し、そしてそれぞれの「写真家」という言葉はその人にどう位置付けられているのかを、知ろうとすることです。これは、とても面倒なことです。できれば、言葉は誰が使おうと、一寸違わず同じ意味であってほしいと思います。しかし、異なる属性・文化を背景に持つ人々が容易に交わることのできる昨今、辞書で言葉の意味を俯瞰することはできても、その言葉が、わたしと誰かで違うことなく同じになることは、およそないでしょう。
ですから、わたしは楽しみたいと思います。あの日、散歩に出かけて高橋さん夫婦と出会い、辞書やインターネットで「写真家」について調べたことがきっかけでわたしが自身を「写真家」と位置付けた過程のように、その人その人の位置付けには一体どのような物語があるのでしょうか。
「写真も良いけど、夜ご飯の材料を買いに行かなきゃいけないんだから、ほどほどにしてよ。分かりましたか、写真家さん?」
わたしを「写真家」と呼ぶ友だちの声に、師走とは思えない、暖かな何かを感じます。嬉しくて楽しくて、そして何より、幸せで溢れています。
「はーい。あ、でも待って、いまめっちゃ良い表情してたから、そのままね?」
“カシャッ”
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