モノクロフィルム写真を中心とした叙情的な作風で、映画・音楽・ファッションなどカルチャーシーンからも支持を集める、写真家・木村和平さん。
クライアントワークと並行して、精力的に作品制作活動を続けており、2022年からは自身が抱える『不思議の国のアリス症候群』をモチーフにした『石と桃』を発表しています。
後編では、5/5(日)まで開催される三度目の写真展『石と桃』や、一昨年・去年との違いなどについて伺いました。

3年目の『石と桃』。

ー改めて、今回の個展『石と桃』がどんなエキシビジョンなのか、木村さんご自身の言葉でご説明いただけないでしょうか。また、一昨年・昨年との違いについて伺わせてください。
木村さん:『石と桃』は、端的に言うと、自分が幼い頃から患っている“不思議の国のアリス症候群”という症状から着想を得て、長い期間をかけてつくっているプロジェクトです。自分はずっとこの“不思議の国のアリス症候群”についての作品を作りたくて、発表したくて。カメラを始めたばかりの時期から構想があって、でも、とても成立しづらい作品ということがだんだん分かってきて……。ずっと試行錯誤していたんですけど、商業写真の経験や技術が身に付いてきて、少しずつ思い通りの構成ができるようになって。ようやく2年前、2022年から発表を始めました。だから、構想段階から数えたら10年ぐらい経つんですよ。
ー学生時代から構想があったんですね。
木村さん:脳内では完成してるのに、イメージはできているのに、自分の技術が全く足りなくて、写真に残せなくて。だから、ひたすらにその症状をメモしたり、どんなものにしたいか?みたいなイメージボードをずっと紙に書いていました。それがようやく、4・5年ぐらい前から、徐々にやりたいスタイルが見えてきて、徐々に撮れて来て……発表し始めたという流れですね。
ー発表当初に比べて、何か変化はありましたか?
木村さん:最初は、そもそもカラーだったんです。まだモノクロに触れていない時に、カラーでどうにか表現しようと思ってたけど、不思議の国のアリス症候群というよりも、不思議の国のアリスのオマージュみたいになっちゃった気がして。自分はアリスオマージュじゃなくて、アリス症候群をやるのが重要だと思って、全然納得いかないまま時間が経っていきました。
ーありがとうございます。前回・前々回との違いがあれば教えていただけないでしょうか。
木村さん:題材は全く一緒です。DMに記載されている、ギャラリーが書いてくれたテキストも、『3回目の展示』という部分しか変えてないんですよ。それ以外は全部一緒の文章です。1つの作品を、年に1度、同じ季節に同じ場所で発表する。でも、全部新しい写真になっている、というのが自分は面白いと思っています。一続きなんですけど、写真が新しくなっているという。作品のフォーマットというか、サイズとか額装もほとんど同じですし、同じ展示に見えるんですけど、写真は変わっています。
ー写真以外に変わったことはありますか?
木村さん:新しい技法というか、1年目と2年目でも違いはあります。たとえば、1年目はギャラリー手前の小部屋を使わなかったんですけど、2年目では使ってみたり。初めて写真じゃない立体作品を展示してみたり……。
ーなるほど。では、3年目となる今回のエキシビジョンは、2年目の前回と比べてどんな変化がありますか?
木村さん:作品の中身で多分一番大きく変わったのが、『石と桃』には、自分で設けている幾つかのルールがあるんですけど。自分の症状をメモして、コンテを書いて、「この症状についての写真を撮りたい」とテキストで書いて……そして“その場”を作ってから初めて撮る、というルールを設けてやっています。それが3年目で初めて、崩したというか、揺らぐというか……。初めて“自分で作っていない風景”を入れることになったのが大きな変化ですね。僕が何も操作してないものを作品に取り入れてみようと思ってるんです。
実在した、想像の景色。

ー3年目で自分ルールを破った、何かきっかけがあったんでしょうか?
木村さん:はい。去年の『石と桃』展示終了後の話なんですけど。地元のいわき市に、ちょうど30年前くらいに、めちゃくちゃでかいお金をかけて作ったリゾート施設があるんですよ。その敷地の奥には、大きなホテルがあるんです。ですが開業寸前の、もうちょっとで工事が終わりそうなところで、倒産しちゃって。前置きが長くなってしまったんですけど、そのホテルは、倒産した瞬間のまま時間が止まっているんです。
ーその施設は、現在廃墟になっているんですか?
木村さん:今はフィルムコミッションが管理しています。映画・ドラマ・ミュージックビデオのロケ地として貸し出してるんですけど。子どもの頃、家族から何となく聞いてはいたんですよ。『もし開業していたら、いわき市のシンボリックな場所になったのに』みたいな。で、ちょっとした巡り合わせで、フィルムコミッションの方に会えることになって、去年初めてその施設に行ってきたんですよ。
そこは、何ていうか、作業員の方たちが『明日また続きをやろう!』っていう状態のまま残されていて。カピカピに乾いたバケツに入った塗料とか、マステ(マスキングテープ)が貼られたままの壁とか、途中までしか貼っていないタイルとか……。時間は経っているけど、人が使っていないから廃虚とはまた違った空気感なんです。
ー30年前から時間が止まったままの空間、めちゃくちゃ楽しそうですね。
木村さん:めちゃくちゃ楽しいです。で、そこには、いわゆる一番広いアトリウムみたいな空間があるんですけど。壁には窓が特徴的な配置で並んでいて、その目の前に立った時にびっくりしちゃって。それは、自分が不思議の国のアリス症候群で見ている情景に、限りなく近いものだったんです。「写真でやってみたいな」と思っていた風景だったんですよ。それを見た時に「これまでルールとして大事にしていたことを崩すことになるけど、限りなく自分が知っているものに近い、自分が手を入れていない風景を作品に取り入れてみたい」と思ったんです。きっとそれをすることで、もしかすると、他者・鑑賞者さんと作品の共有をするときに、少しでも理解する要素になるかもしれないなって。
ー自分が思い描いていた風景が、現実にあったわけですね。
木村さん:はい。今までは自分の写真で説明をしたり、言葉で説明をしたり、『説明してもなんかよく分からないな』という人も当然いっぱいいたと思うんですけど、「現実に存在する風景を取り入れてみよう」という気持ちになったことが、3年目での大きな変化ですかね。
ー今回の『石と桃』には、そこで撮影された写真も展示されているんでしょうか?
木村さん:はい。展示しています。狙って撮ったものじゃなく、“偶然現れちゃったもの”を作品に入れるのは、今回が初めてなんですよね。単純に、ルールの中でやることに若干疲れてきたとか、飽きてきたみたいなところも多分あるんですけど。やってみて後々「やっぱり違ったな」と思うかもしれないですけど、なんか今のところはそれを入れても自分としては成立する気がしてて、それを3年目でやってみました。
ー必然と言ったら言い過ぎかもしれないですけど、偶然とは思えないエピソードですね。
木村さん:しかも、それが地元にあって、こんな景色に出会えるとは知らずに行ったので、結構驚きました。この出来事をきっかけに、リミット(ルール)を外したので、街歩きをしている時に偶然見つけたそれらしい(=不思議の国のアリス症候群らしい)風景も、積極的に撮るようになりました。そこまで多くはありませんが、そこで見つけた景色以外にも、何点か自分が作ってない場所を取り入れています。
ー実際に作品を鑑賞するのが楽しみです。
『不思議の国のアリス症候群』から生まれ続ける作品たち。

ー最近も不思議の国のアリス症候群が表れたことはありますか?
木村さん:あります。今年のステートメントに書こうと思ってるんですけど、実は久々にインフルエンザになって、高熱を出したんですよ。ここ数年は段々と症状の出る頻度が落ちてたんですけど、久々に高熱を出したら、急に症状が出てきました。やっぱり自分の体調と『不思議の国のアリス症候群』の発生って、親和性があるんだなと。それを、またメモしたり、調べたりしてたら、「まだこのシリーズ続けられるな」と。去年から今年にかけては、『(石と桃シリーズを)いつまで続けられるかな?』と思ってたんですけど、まだできるかもしれないですね。
ー続けられないかも、と感じた理由は、不思議の国のアリス症候群の発生頻度が落ちていたからでしょうか?
木村さん:それも大きいです。もちろん、これまでの人生の中で色々な症状があって、『石と桃』を作ろう、と思った時からずっとメモはしていて、ストックがあったので。やりたいことはいっぱいあるんですけど、やっぱり作り続けていると少なくなっていきますし、どんどん症状は減っていきますし。簡単に言うとネタ切れみたいな状況になっていました。一番自然なのは、症状が一切出なくなった時に、作品を終わらせることなのかなと。
それ以降の未来に、それを過去のものとして扱う作品が何かできるかもしれないですけど、『石と桃』に関しては、あくまでもリアルタイムで自分が体験していることが重要だと思っていたので、症状がほぼ出なくなってきて、「そろそろ終わらせる頃かな」と思っていました。あと、こんなに長いプロジェクトというか、毎年同じ題材で発表するのも『石と桃』が初めてなので、そろそろ次に進みたいという気持ちもあって。いずれにせよ3年目、今回の展示で一旦一区切りをして、次の展開を考えています。もちろん不思議の国のアリス症候群に関しては、今後もずっと付き合っていく1つの題材にはなると思うんですけど。
ー不思議の国のアリス症候群は、自然に治る、寛解するものなんですか?
木村さん:何をもって治ったって言えるのか分からないですけど、自然と症状が治まる人がほとんどで、発症した人の多くが思春期ぐらいで治まるそうで、大人になっても引きずっている人は少ないそうです。自分としては、大人になっても症状が続いているのはラッキー。プラスに考えています。
Interviewee:木村 和平(きむら・かずへい)

1993年、福島県いわき市生まれ。東京在住。ファッションや映画、広告の分野で活動しながら、作品制作を続けている。第19回写真1_WALLで審査員奨励賞(姫野希美選)、IMA next #6「Black&White」でグランプリを受賞。主な個展に、2022,23,24年「石と桃」(Roll)、2020年「あたらしい窓」(BOOK AND SONS)、主な写真集に、『袖幕』『灯台』(共にaptp)、『あたらしい窓』(赤々舎)など。




