「あれはね、ああいうのをねえ、『創音“そうおん”』っていうんだべね」
近所で行われている工事の音をそのように言った藤原のばあちゃんが、亡くなりました。
「あの工事、『騒音“そうおん”』がひどくて、学校から帰る時うるさいんだよね」
農作業中の藤原のばあちゃんにわたしがそう文句を言ったのは、たしか中学1年生くらいの夏だったと思います。
「あそごには、都会から若けえ夫婦が、米(稲作)やりに引っ越してくるんだってにゃ」
「老いたもんばっかのこの町に新しい何かがつぐられんだがら、うるさいなんて言ったらだめだべした」
当時、「騒音“そうおん”」を「創音“そうおん”」と言い換えたことの意味をあまり分かっていなかったわたしは、農作業で汗ばんだ彼女の表情を見ながら「ふーん」と言って、あれ、それからどうしたんだっけ。
ただ、すでに日記を書くことを日課としていたわたしが、言葉をより好きになった瞬間であったことは、疑うまでもありません。それからのわたしは、言葉とともに生きてきました。





