科学的根拠のない話ほど無意味なものはないと、理系のきみは、いつだかわたしにそう言いましたね。
そんなわたしはいままさに、科学的根拠のないお話を、使い古しの日記帳にしたためています。
まだあたり一帯が白のふわふわに包まれたこの田舎町で、同時に春のにおいが障子のすき間から漂う、午後の和室で。

現像から返ってきたフィルム写真を見ると、その写真から、写っている場所のあたたかさや匂い、気温、湿度までも得られるような、そんな感覚を味わうことがあります。それだけではありません。その写真が撮られた時間軸よりもずっと昔、たとえば、子どものころ給食の牛乳を服こぼしてしまったとか、運動会のかけっこで1位になったとか、そんな時間軸の記憶まで蘇ってくるなんてことも、しばしば。
理由は、実はよく分かっていません。写真を撮るようになってまだ一年ちょっとしか経っていないからなのか、それとも。あまりにも同じようなことが起こるので、ひとつひとつ頭の中を整理してみたほどですが、それでもやはり、この現象には名前を付けることは、いまもまだできていません。
しかし最近、そのことについて、何かを感じ取ることのできた出来事がありました。そう、ちょうど今日みたいな冬晴れの、あの日のことです。




