そうやってフィルム写真を眺めているうちに、おばあちゃんがあの時わたしに言ってくれたことの意味が、少しだけ分かったような気がします。
フィルム写真をみて匂いや空気、温度や湿度まで感じ取ってしまうのは、やっぱり気のせいではなかったのかなって。でもそれは、フィルム写真自体からあたたかさや匂いが出ているということではなくて。フィルム写真を見たわたしの体が心が、五感が。その写真に写っている場所や人、物の匂いやあたたかさを瞬間的に想像することによって生まれてくる感覚なのかなって、そんな風に思うのです。
めくりめくり、最後の写真。ピントが微妙に合っていなくて、曖昧な写真。ちょっとだけ感光もしているみたい。この曖昧さはきっと、ちょうど子どものころ給食の牛乳をこぼした時に、着ていた服やその時拭くのを手伝ってくれた友だちの名前を思い出せないような、そんな記憶の曖昧さと、どこか通ずるところがあるのかもしれません。

ああ、なんて科学的根拠のないお話なのでしょう。
やっぱり理系のきみがこの話を聞いたら、きっと途中で飽きてしまうでしょうか。
わたしはもうひとつ背伸びをして、沈みゆく今日という日の太陽を、静かに見つめていました。まあいっか。




