
微かな風が、湖の水面を撫でる。
「少し、風が出てきたな」
父はライターの火が上手くつかず、手元をカチカチと鳴らしながら苦戦している。
小さな頃は、父が外でライターの火をつける時、率先してライターの周りを手で覆ってあげていた。
その様子を見た親戚は、子供にそんなことをさせるなんて、と眉をひそめたが、父がとても幸せそうな顔をして褒めてくれるのが嬉しくて、よく自分から「カチカチしないの?」と聞いていたらしい。
それでも、父のライターを手で覆ってあげている場面をクラスメイトに目撃され、翌日学校で「ファザコン」とからかわれてからは、父と一緒に外出することすら避けがちになった。
私はカチカチとライターを鳴らしている父に近づき、無言で両手を伸ばした。
手のひらでライターを囲むようにすると、父は手を止めて私を見つめ、わざとらしくおどけて言った。
「どうした?さては、何か欲しいものでもあるのか」
そのおどけた口調を耳にした途端、懐かしさに胸が詰まった。
私は泣きたい気持ちを抑え、曖昧に笑う。
欲しいもの、あるよ。
でも、私の欲しいものは、どんなに願っても手に入れることはできない。
熱い涙が目の淵に滲み出した瞬間、ライターのカチッという音とともに、小さな炎が浮かび上がった。
手のひらの表面に温かさを感じたのは、本当に一瞬だった。
けれど、その一瞬、まるでこの世界には、小さな灯りに照らされた父と私の2人しかいないような感覚に陥った。




