読書に飽きては、マスターと雑談をして。あとはそれの繰り返し。
近所の誰々の息子さんが国立大学に合格したとか、あそこの床屋さんがカット料金を値上げしたとか、そんな話です。

どれくらい時間が経ったでしょう。
読んでいるロマンス小説も、第2章から第4章まで進みました。
再びマスターと雑談をしたくなったわたしですが、あいにくマスターはお取り込み中。
窓際の席で日向ぼっこをしながら、うとうと、お昼寝タイムです。
マスターの大好きなラジオ番組が始まるまでには、起こしてあげようかな。

静かな夕暮れどき、家族のグループLINEに、お父さんから一通のメッセージがありました。
「二丁目の角の佐々木のじいちゃん、先週亡くなったんだって」
「え・・・」
思わず声が出てしまいました。お昼寝中のマスターも、ぴくっと目を覚まします。
たった数十文字で、人はたくさんのことを思い出すことができるのですから、人間とは、つくづくすごい生き物です。
佐々木のじいちゃん。無口で、怒ると怖い、佐々木のじいちゃん。
でも彼の飼っていたワンちゃんがとても可愛くて、小さい頃、弟と一緒にこっそりワンちゃんに会いに行ったな。
「そっか、だからか」
この時期になると必ず、近所の公園には大きな雪山ができて、子どもたちには遊び場として大人気なのですが、そういえば今シーズン、その雪山がないなって。
あの雪山を作っていたのが佐々木のじいちゃんだってことを、わたしはずっと昔から知っていたはずでした。
「マスター、お金はテーブルに置いておきますね」
居ても立っても居られなくなり、喫茶店を出ます。

正直、佐々木のじいちゃんとはそんなに関わりがあったわけではありません。中学を卒業したあたりからは、およそひとことも会話をしていませんでしたから。
でも確かに、わたしの心はざわざわしていました。
壊れていたDVDプレイヤーが急に息を吹き返して、中に入っていたDVDが勝手に再生されて映像が脳に焼くつくような、そんな感覚です。
家に帰っても、当然お父さんはいませんでした。そうじゃん、飲み会じゃん。
帰宅して休む間もなく、気持ちはもう別な方向を向いていました。佐々木のじいちゃんの家です。
5分くらい歩いたでしょうか。降り積もる雪に足場は悪く行く手を阻まれながらも、彼の住んでいた、木造の平屋に到着しました。

「こんなに近くて、小さかったっけ」
ワンちゃんを見に行くために「冒険だ!」と言い、お城みたいに大きく立派にみえた平屋も日本庭園も、小学生の時の記憶がまるで絵空事だったかのように、身近に、そして寂しく感じます。

「これからどうすんだべねえ」
ぼうっと突っ立っているわたしの後ろから、おばあちゃんが話しかけてきました。
同じく近所に住んでいて、いつもあめ玉をくれる、田中のばあちゃんです。
「佐々木さん、この時期は、毎年朝早く起ぎで、この辺の雪かきしてけでだのよ」
「ぶっきらぼうだげど、町内会にもいっつも顔出しったっけし、残念だずね」
そっか、そうなんだ。
小学生の時に幼馴染と雪合戦をしたあの雪道も、中学生の時に好きな人と歩いたそこの雪道も、そして、今日家からここに来るまでに歩いた、雪かきのされていないこの雪道も。
「佐々木のじいちゃんだったんだ」

そのあと、田中のばあちゃんとどんなやり取りをしたのか、実はよく覚えていません。やりきれない気持ちに、ただただ誰もいない空き家に手を合わせて祈ったことくらいしか、覚えていません。
枯れ木と土の香りの混じる冷たい空気が、鼻からつーんと喉を抜けてゆく冬の夕暮れ時。祈りを捧げるには、この町の静けさは、ちょうど良く。

それから数か月が経ち、今日もお父さんは、町内会の会合へ出かけてゆきました。会合という名の、飲み会ですが。
わたしにはやはり、誰がやりたくてやっているのかも分からないその飲み会のことは、正直よくわかりません。
でも、こういう何のためにあるのか分からない集まりや慣習みたいなものが、わたしの暮らすこの田舎町を、田舎町たらしめているということは、確かなのだと思います。

ちょうど観覧車のように、遠くからは止まっているようにみえても、近くに来てみると、ゆっくり静かに、まわり続けている。
乗っては降り、乗っては降りを繰り返す個々は、互いのつながりを意識することはおよそありません。しかし各々が原動力となり、その塊を輪を、そして人を動かしているということに、いつかあの休日に、ようやく気づくことができました。
この町は観覧車。
今日もわたしは観覧車に乗り、ゆっくりと動くこの町とともに、生きてゆきましょう。

バックナンバー
















