列車に乗っている時、ふと車窓に映る踏切わきのビニールハウスが目に入って、わたしはとあることを思い出しました。いまの今までおよそ忘れていたことだったのですが、まだ目的の駅までは数駅ありましたから、思い出して、少し振り返ってみようと考えたわけです。座席下の効きすぎた暖房が冬を物語っている中、わたしが初めて自身を「写真家」と位置付けた、2年前の、夏も終わりかけのあの日を。

その日わたしは、確かフィルムカメラを持って、散歩に出かけました。二駅先まで歩いて行こうとしたのだったかな、いや、三駅先までだったかな。まあとにかく、半袖短パンで、水筒に麦茶を入れて散歩に出かけたはずです。
その頃のわたしは、亡くなったおじいちゃんの形見としておばあちゃんからフィルムカメラをもらって間もない頃でしたから、「写真」に興味津々でした。近所のじじばばからカメラの使い方を教えてもらって、1本36枚撮のフィルムは1000円弱で少し高価でしたが、それでもたくさんシャッターを切っていたと思います。ファインダーをのぞくことでおじいちゃんを感じたり、シャッターを切って写真の楽しさを感じたり。とっても下手くそでしたが、毎日が楽しくて、数駅先まで散歩することも厭わなかったわけです。


撮影できるものは、なんでも撮りました。花や風景はもちろん、近所のじじばばに声をかけて「最近フィルムカメラで写真を撮っているのだけれど、みんなの素敵な笑顔、撮ってもいいですか?」って、ところかまわず声をかけて。「いいねえ~」「もっとこういうポーズしてみようか~」なんて調子に乗って、ドラマなどで聞くプロの方みたいなことを言ったりもしたなあ。
夏も終わりかけのその日も、およそそんな感じ。見慣れた田舎町の景色は退屈なものではありましたが、花々と会話し、風景を喰み、道ゆく方々に声をかけて写真を撮らせてもらう。この繰り返しは、なんとも心地よいものです。




