
さて今回の旅先、サンフランシスコに父と二人で旅行に出かけたのは大学1年の頃だっただろうか。「パイロットになりたかったんだよ」そう語る父は海外旅行が好きだった。
叶わなかった夢を語れる、というのは大人にしかできないちょっと素敵なことだと今なら分かる。今でこそ減ってしまったけれど、父はその夢を慈しむかのようによく海外に出かけていたものだ。
今の自分に息子がいたとしたら、語れるような叶わなかった夢は自分にあっただろうか、とふと思う。まさか「本当はTwitter廃人よりもキラキラインスタグラマーになりたかったんだよ…」と語るわけにもいかない。
だが世界がどれほどの速度で回り続けたとしても僕のインスタのリールはまるで回ってはいない。「イーロン・マスクがTwitterを変える未来を信じたんだ」といつか真顔で言える日が来ることをせめて今は信じたい。

当時はサンフランシスコ市内のホテルに宿泊し、ケーブルカーに乗り、フィッシャーマンズワーフを訪れ、ツアーでカーメルや17-mile driveに赴く、という感じで割と定番のコースを二人で巡った。
そして実はここで初めて気づいたのだけれど、父は英語がそんなに得意ではなかった。
観光バスの乗り場で「ここでいいのか?放送なんて言っている?」となんて聞いてくる旅慣れたはずの父。非日常に身を置くことで違う関係性が垣間見えたり、距離感が変わったりする。それが旅だ。お互いの存在のリフレーミングと言ってもいい。
知らないうちに父親を追い越したような、嬉しいような少しさみしいようなそんな気分もしたものだった。

すでに50代を迎えていた父は注文するのはやたらと得意な一方、満腹になるとアメリカのドカ盛り料理を「食べていいぞ」と私に全部丸投げし、結果として私は人生初の胃もたれをこの地で経験することになった。自分の体格の倍もあるようなアメリカ人に少食だと舐められては平家の落ち武者を先祖にもつ者としては末代までの恥!
と自らを奮い立たせたものの、胃袋はすでに追い詰められて壇ノ浦。
毎日そんな無理をしたおかげで最終日のシェ・パニース※の料理はまともに喉を通らなかった。目を閉じれば皿の上に残った地鶏のコンフィが今も浮かんでくる。
※サンフランシスコ郊外バークレーにある、オーガニックブーム・地産地消ブームの火付け役となったレストラン
男性は人生で三度敗北感を味わうと言う。
一度目は好きな女の子を運動部のあいつにとられたとき
二度目は初めて胃もたれを経験したとき
三度目は海外の男性用便器位置のあまりの高さにこぼしてしまったとき
どれも経験済みなので四度目がないことを切に願いたい。



