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田舎者写真日記【第七回:わたしは、“わたしの夏”を誰にどう見せたいのか】

今年の夏の写真をひと通り撮り終えて以降、それはつまり、残暑厳しい8月下旬の四国ひとり旅を終えてからのことを指すのですが、それからわたしは、一旦カメラを物置にしまい、シャッターを切る右手人差し指をしばらく休ませませることにしました。その理由は、この文章のどこかに記載することになるのですが、そんなに大した理由ではありません。
これはきっと、スランプとかそういうものですらないのです。

例えば、次の2枚の写真を見て、皆さんは何を思うでしょうか。

タイトルやキャプションは、ひとまずつけないでおきましょう。文字など、写真そのもの以外から得られる写真に関する情報をなるべく削ぎ落とした場合、皆さんはこの写真を見て何を思うでしょうか。
家族や親戚に見せたらきっと、「ありあは昔から島に行くのが好きだもんね」とか「きらきらしていて素敵な写真だねえ」とか。
友だちに見せた場合には、「あ、この前言ってたひとり旅?いいなー!」とか「うわ、ありあの好きそうな田舎って感じ、ここと変わんないじゃーん」なんて言われるかな。

この場合、たとえ写真にタイトルやキャプションがなくとも、撮り手、つまりわたし「ありあ」という人物の情報が、この写真に一定の見方を与えることとなります。ありあは昔から島が好きで、旅が好きで、そしてその写真をいつも、記録や思い出として家族や友だちに見せびらかす、そんなわたし(ありあ)のイメージによって、写真に少しの物語が加え得られるわけです。

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この記事を書いた人

写真家、文筆家。東北の田舎町出身。

ドイツの大学で西洋美術史を学んでいる。
2021年に祖父の形見としてフィルムカメラを譲り受けて以来、フィルム写真の魅力に取り憑かれてしまう。「青春」や「日常」をテーマとしつつも、様々なジャンルの写真に挑戦し、絶賛成長中。

また、幼少期から書いている日記を、SNSで毎日発信している。