
ただ、何よりも私がニセコで感じるのは原体験としての雪遊びの楽しさだ。
私のスキーの原点は小学生の頃に遡る。
毎週のようにスキー場で車から降ろされ、日がな一日滑って遊び倒す、という日々を送っていた。コースをかっ飛ばし、林の中をウロチョロし、コブがあればジャンプし、仲間たちと競争する。自然の中でただただ思うままに遊ぶ。それ以上でもそれ以下でもない。
どのリフトに乗って、どのラインを選ぶか?どの障害物と戯れるか?天候や雪のコンディションも常に変化し、すべての選択が自分の手の中にある。これほどまでに創造性を求められる遊びが他にあるだろうか?
そんな日々を過ごし、やがてそのまま自然な流れでアルペンスキーの世界に片足を突っ込んでいた。アルペンスキーというのは雪上に設置されたゲートを通りながら最速でゴールを目指す競技だ。タイムで順位が決まる、シンプルなレース。

当時中学生だったけれど、気づけば周りはフィジカルモンスターばかり。
県内トップ選手の背筋の測定値は軽く私の2倍はあった。
マイナス10℃の寒さの中、リフト券を買っているのになぜか歩いて登っては滑る他の選手たち。当然、雪の坂道である。無論、重い板を担いだままである。当たり前だがスキーブーツは歩くのに向いていない。でもなぜかその方が超人たちには効率が良いらしい。一方登るだけで息を切らして疲労困憊な私はまともに練習に集中できない体たらく。
他の人より少しだけ肉体の成長が早かったおかげで県の選抜にギリギリ引っかかったものの、後輩にも追い抜かれ、同級生や先輩にはどんどん引き離されていく現実を目の当たりにしながら、徐々に自分の居場所はなくなっていくように感じていた。
多分他の人たちは大して気にもしていなくて、自分の中で単純に「ここにいてもいなくてもいい存在」となり、どこかで「あぁ、もう無理だ」と感じてやめる決意をしたのだ。
集団スポーツでは味わえない種類の挫折感が間違いなく、そこにはあった。
「できてしまう人たち」との違いを味わい、あれだけ遊び尽くしてきたスキーの楽しさがわからなくなったのだ。それから4年、一度もスキーに行くことはなかった。
そんな自分がまさか大学でアルペンスキーを再開するなんて想像すらしていなかった。
そしてその仲間たちと毎年のようにニセコに通うことになるなんて。
まぁ、キレイな女性の先輩に声をかけられノコノコ付いていったからなんだけど。



