みなさんは写真をどのように見ていますか?
写真の見方は人それぞれ。決まった見方はありませんが、写真史に名を刻んだ写真家たちの作品を見て「もっと理解したい」と思った経験はないでしょうか。
作品をより深く理解するためには、写真家の生い立ちや当時の時代背景など「写真を読み解く鍵」が必要です。
本企画「飯沢耕太郎の写真家ライブラリ」では写真評論家の飯沢耕太郎さんをお招きし、世界の名だたる写真家について「写真を読み解く鍵」を探っていきます。
飯沢耕太郎さんプロフィール

ソール・ライター(Saul Leiter)
今回ご紹介するのは、伝説の写真家といわれる「ソール・ライター」。
日本国内でも絶大な人気を誇る写真家と、その写真の魅力を深掘りしていきます。
ソール・ライター Saul Leiter
1923年アメリカのペンシルベニア州ピッツバーグに生まれる。ファッション誌『ハーパーズ・バザー』などのファッションポートレートや広告写真などを数多く手掛けるが、80年代に入り写真に商業性が求められるようになってから、次第に表舞台から身を引く。その後2006年にドイツのシュタイゲル社から出版された写真集が大ヒットし、たちまち世界中で展覧会が開催されるように。
ナビ派の抽象画や浮世絵に影響を受けた、絵画的な構図や色遣いが最大の特徴とされる。
ソール・ライターとはどんな写真家?
ーソール・ライターさんはどんな写真家なんでしょうか?
飯沢さん:ソール・ライターさんはユダヤ人で、父親は「ラビ」という牧師さんみたいな方だったんです。そういう宗教的な家で育ったんですけど、その信仰の縛りのある家風に全然馴染めなくて、アーティストになるためにニューヨーク出てきて、最初は絵を描いてそれから写真を撮り始めたのです。
ただ、ソール・ライターさんという人の存在が、日本の写真関係者や写真が好きな人に知られるようになったのは本当にここ最近の話です。2010年代までぐらいは、あまり名が知られている有名な写真家じゃなかったような気がするんですよ。
もちろん僕は名前を知っていました。どういう風に知っていたかというと、ファッション写真家として知られていたんですよね。ただいわゆる一般的な意味での写真家としての知名度はあまり無く、これは日本だけじゃなくてアメリカでもそうだったんじゃないかなと思います。
ーアートの写真家としてはほぼ無名だったんですね。ではいつ頃から現在認知されているような存在になったのでしょうか?
飯沢さん:アメリカで展覧会が本格的に開かれるようになったのは1990年代以降なので、それ以前は言ってみれば「ちょっと忘れられた存在」だったんですよね。一時は頑張って活動していたファッション写真家なんだけれど引退してしまって、それほど活発に活動してるような人じゃないっていう評価が一般的だったと思うんですよ。
ところが、90年代ぐらいから彼の少し古い写真ですね。つまりファッショ写真家として活動する前から撮っていたような、1940〜50年代ぐらいのモノクローム写真とカラー写真に注目が集まるようになって展覧会が開催されたんです。そこからもう一度「ソール・ライター」っていう写真家を見直そうっていう気運が高まって、 改めて彼の存在に注目が集まりました。つまり注目され始めたのは比較的最近で、意外に新しいってことなんですね。
ー1990年代はソール・ライターさんが60代の頃ですね。そう考えると写真家としては遅咲きだったんですね。
ソール・ライターの歩み
記事内で紹介する写真家・ソール・ライターの歩みを紹介します。
アメリカのペンシルベニア州ピッツバーグに生まれる。
ファッション写真家として活動。
『Early Color』(シュタイデル/Steidl)

『Saul Leiter』(Delpire)

『Early Black and White』(シュタイデル/Steidl)


ニューヨークで死去
『All about Saul Leiter ソール・ライターのすべて』(青幻舎)

『永遠のソール・ライター』(小学館)

ソール・ライターの写真を見るポイント
ソール・ライターの経歴をなぞりながら、作風に影響を与えた重要な出来事を紐解いていきます。
元々は画家を志望していた
ソール・ライターの写真の特徴としてあげられる「色彩」や「画面構成」は、ナビ派の絵画や浮世絵から影響を受けている。
ーソウル・ライターは元々写真家を志していたのでしょうか?
飯沢さん:じつは彼、元々画家になりたかった人なんですよ。特にナビ派(※1)や日本の浮世絵に影響を受けて、画面を平面的に構成してくようなスタイルで、初期のゴーギャンとかボナールとかそういう人たちに非常に憧れて、画家を志したんです。彼らの色彩感覚がとても好きだったらしいんですよね。
ーでは画家の夢を諦めて写真の道に進んだんですね。
※1 ナビ派:19世紀末にパリで活動した、前衛的な芸術家の集団。
ファッション写真家の経歴
ソール・ライターは、ニューヨークの黄金期と呼ばれた1950〜1960年代にファッション写真家として活躍した。
ー先ほどファッション写真家として有名だったとご紹介いただいたのですが、いつ頃どのような雑誌で活躍されたのでしょうか?
飯沢さん:彼は1950〜60年代ぐらいにファッション写真家として活動していて、『ハーパーズ・バザー』などの有名な雑誌にたくさん作品が載るという、華やかな経歴と人気がありました。
ーファッション写真家の経歴が作風へ影響している点などはあるのでしょうか?
飯沢さん:それはありますね。おしゃれな画面構成、被写体の巧みな切り取り方など、ファッション写真のエッセンスを自分の写真にも取り込んでいます。
ーソール・ライターさんがファッション写真家を引退した理由は何でしょうか?
飯沢さん:1980年代になると、かつて一緒にファッション雑誌で仕事をしていた編集者やデザイナーも引退して、自分のスタイルを打ち出しにくくなってくる。それと、商業写真家としての評価にはやはり物足りないものを感じていたのではないでしょうか。
ソール・ライターの代表作(写真集・映画一覧)
『Early Color』(2006年/シュタイデル/Steidl)

ソール・ライター人気に一気に火がついたキッカケの写真集
ー『Early Color』はソール・ライターさんのファースト写真集ですが、これはどこで作られた写真集なのでしょうか?
飯沢さん:まずこの写真集は、ドイツを拠点とする「シュタイデル(Steidl)」という出版社で発行されたものです。この出版社は良い写真集をたくさん出しているんですけど、出版社の社長でもありデザイナーでもあるゲルハルト・シュタイデルさんという人が、いろんな写真家を発掘して彼らの作品集をきっちり作っていくというスタイルを90年代ぐらいからやり始めて、世界を代表する写真集の出版社になりました。そのシュタイデル(Steidl)社から2006年に出たのが、この初写真集『Early Color』です。
この『Early Color』で、初めてソール・ライターという人の名前を知った、あるいはこんな写真家がいることに気づいたっていう人はすごく多いんじゃないかって思います。
ーソール・ライターさんはアメリカを拠点としていましたが、この写真集はドイツの出版社で作られたんですね。内容はどんなものになるのでしょうか?
飯沢さん:これはカラーのスナップショットの写真集です。縦位置の写真を中心に構成されていて、なんてことのない日常のスナップが多いです。
ー写真集の特徴などはありますか?
飯沢さん:まず写真がカラーであることは大きな特徴の1つです。それは何故かというと、この写真集は1950年代ぐらいの写真がたくさん入っていますが、1950年代はカラー写真で作品を発表するっていうことはまだほとんどなかった時代なんですよね。
それにはいくつか理由があって、カラー写真はコマーシャルの世界、つまりファッション写真や広告写真では結構使われていたけれど、ギャラリーや写真雑誌で作品を発表する時にはあまり使われていなかったんですよね。それは写真の色が変わってしまうからなんです。当時主流だったカラーフィルムでは写真が褪色したり消えてしまったりしたんです。だから、例えばギャラリーの壁に写真を作品として飾ったとしたら、それがどんどん色が変わってしまうんですよね。
ーなるほど。写真をプリントした直後の状態で保存しておくのが難しかったんですね。作品制作にカラー写真を使わなかったのには、ほかにはどのような理由があったのでしょうか?
飯沢さん:もう1つの理由は、モノクロームの写真(白黒写真)は自分で現像してプリントできるじゃないですか。ところがカラー写真は現像したりプリントしたりするのに、ものすごく手間や設備が必要なんですよね。だから自分でコントロールができなくて、これもカラー写真を使わなかった大きな理由の1つです。
だからカラー写真を使って作品を発表することは、1970年代ぐらいまではほとんどなかったって言ってもいいかな。70年代後半以降ぐらいから、とくに80年代以降になってきて、ようやくカラー写真の画像も安定するようになって、簡単に自分で自家現像できるような設備ができて、写真家たちもカラー写真を使うようになってきたっていう流れがあるんです。
我々はそういう新しい写真のスタイルを「ニューカラー」って言っているんですけど、本格的にアートのメディアとしてカラー写真が使われるようになるのは、1980年代以降って言っていいと思うんですよね。
ところがソール・ライターさんは、もっと早くからカラー写真を使っていたんです。
ー『Early Color』の写真は1950年代のカラー写真が多いけれど、その時代には画像が不安定なことと、自家現像やプリントが難しいという理由でカラーよりもモノクロが主流だった。それにも関わらずソール・ライターさんはカラーで写真を撮っていたということですね。
カラー写真での撮影が難しかったのにも関わらず、カラー写真を選択した理由などはあるのでしょうか?
飯沢さん:それは、先ほど経歴でも説明した、ソール・ライターさんが元々画家を志望していたというのが大きく影響していると思います。
ソール・ライターさんは戦後(40年代)くらいから写真家として活動し始めるんですけど、その中でモノクロームの写真だけじゃなくて、カラー写真を撮って発表したいという気持ちがあって、ナビ派の色彩感覚に1番合っているのはどういう写真かと考え、Kodachromeっていうフィルムに目をつけるんです。
Kodachromeは当時Kodak社で発売されたフィルムですが、今のカラー写真と比べると、パステル調というか渋みがあるというか、色味に特徴があったんですよね。なおかつ保存性が良くてあまり褪色しないフィルムでした。
一方で、同じKodak社から出てたEktachromeというポジフィルムがあるんですけど、もっと感度や発色性も良くて60〜70年代はこちらが主流だったんですね。
ところがソール・ライターさんはKodachromeの色味が好きだったので、Ektachromeを使わずKodachromeを使っていたんです。
ーソール・ライターさんはとにかく色味にこだわりがあったんですね。先ほど褪色してしまうっていうお話がありましたが、Kodachromeはそういったことがなかったのでしょうか?
飯沢さん:KodachromeとEktachromeは、じつは現像のシステムが違うんです。
Kodachromeは「内式」と言って、カプラーという色を発色させる色素があるんですけど、カプラーがフィルムの中にもう入っています。一方、Ektachromeは「外式」と言って、カプラーを外から入れるというシステムなんです。それで、結果的に「色の保存性」はKodachromeの方が良いんですよね。ソール・ライターさんの写真が今でも残っているように、色褪せずに残るんです。Ektachromeで撮ったポジフィルムはどんどん色褪せて、真っ赤になってしまって、今使い物にならないことが多く、「Ektachrome問題」という言葉があるくらいなんですよ。だから60〜70年代ぐらいのEktachromeの写真は全部色が変わってしまっていて、使い物にならなくなってしまってる。
ー感度が低く撮影がしづらかったKodachromeで撮った写真が、今はむしろ貴重な存在となっているんですね。
飯沢さん:はい。そういう風なこともあったのか、ソール・ライターさんがそのKodachromeを使って撮っていた街のスナップショットに、2000年代になってシュタイデル社(Steidl)が目を付けて、『Early Color』という写真集にまとめて、それがヒットしたんですね。中の写真はとにかくそのKodachromeで撮った街のスナップです。

ーカラー写真のパイオニア的存在だったんですね。色味もそうですが、写真①のように画面構成にも少し特徴があるように感じます。
飯沢さん:こういうところに画家の目があるんですよね。大きなパートを作っておいて、チラチラっとパートカラーを入れるような…。画面全体が抽象画のような感じがしますよね。つまりナビ派のスタイルですよね。鏡を使ったり街にあるグラフィックデザインの字に注目したり。
前回の森山大道さんの話をした時にも言ったんですけど、切り取り方は非常に独特ですが「路上における普遍的な経験」のようなものが、ここではカラー写真の形で現れてくる。画家の眼差しで街を撮るとこうなってくるっていう……。こういう写真の在り方にようやくみんなこの『Early Color』で気がついたんです。

飯沢さん:この後ソール・ライターさんの映画ができるんですけど、その映画の中で自分の写真について「自分は有名人なんか撮りたくないんだ」と。それはもう散々広告やファッション写真をやってきたわけでね。むしろ「雨が降って滲んでいる窓ガラスの水滴とかそっちの方が全然面白いんだよ」(写真②参照)みたいなことを話していました。
そういう考え方もあって、街の中で起こってくる出来事に、非常に細やかに気が付いて反応していくという、そんなスタイルでスナップショットを撮っていたんです。

飯沢さん:これ(写真③)、かっこいい写真ですね。『Early Color』の表紙の写真です。このエンジ色の色味が素晴らしいですよね。
ー写真の大部分が真っ暗になってますね。
飯沢さん:これ看板みたいなものがあって、上に日除けかなんかがあるのかな。そうすると、その下のところと、その日よけの間のところに空間があるわけでしょ。
この空間の切り取り方が、やっぱりソール・ライターさんの独特の感覚で、これはなかなか真似できないと思いますよね。大きく見せないでこれだけ閉じ込めてしまうという。
ただこの見え方、浮世絵の影響じゃないかっていう説もあるんです。ソール・ライターさんはナビ派の絵もそうなんですけど、浮世絵が大好きだったんですね。だから日本の浮世絵の画集もたくさん持っていて、例えば安藤弘重とか葛飾北斎とか、そういう人たちの構図の感覚、東洋人の間(ま)を生かした構図っていうのは、実は浮世絵から取り入れているとも言われています。
ー日本人から支持されるのも、その間(ま)の感覚が近いからというのはあるかもしれませんね。
飯沢さん:要するにその当時のスナップショットの写真家たちの撮り方とちょっと違うんですよね。独特の画家の目と写真家の目の融合、浮世絵のような絵画的な構図の取り入れ方、あとなんと言っても色彩感覚。とにかく特徴のあるスナップショットを1950年代ぐらいから、淡々と撮り続けてたんです。
ーファッション写真家として活躍していた時にこんな写真を撮っていたんですね。このような街の写真を撮るということが本当に好きだったんだなと感じます。
飯沢さん:ファッションを撮るついでにこんなものを撮っていたということで、こういう風な写真家の在り方が、この『Early Color』の出現によって知られることになり、少しずつ彼についても注目が集まってきたわけです。
『Early Black and White』(2008年/シュタイデル社/Steidl)


ソウル・ライターの交友関係も垣間見えるモノクロ写真集
ーこちらはモノクロの写真集ですね。この写真集の特徴はなんでしょうか?
飯沢さん:これも過去の展覧会の中でいくつか紹介された作品で、シュタイデル社(Steidl)が『Early Color』で成功したので『Early Black and White』でも作っちゃえって言ってできた写真集です。インテリアとエクテステリア、内と外みたいな感じで2冊に分かれています。ソール・ライターさんのセルポートレートや友人の写真も収められています。
ー『Early Color』もそうですが、本当に日常って感じがしますね。
飯沢さん:そう、誰でも撮れそうだけど、そうは撮れない、やってみるとわかるけどね。大体やっぱりニューヨークと東京の骨格の違いみたいなのもありますよ。でもニューヨークに行ったら誰でも撮れるかっていうと、そうでもないんじゃないかな。
―でもスナップに関しては、ニューヨークの人は撮られ慣れてる気がします。ニューヨークに行ったことがあるんですけど、カメラを構えても何も反応しないというか、写っても別にいいという印象でした。
飯沢さん:まあ、そうかもしれないね。東京だって、撮られ慣れている気もしないでもないんだけど。でもまぁ、ソール・ライターさんの撮り方はそうじゃないんですよね。
―といいますと……?
飯沢さん:なんだっけな。すごいうまいこと言っていたんだよな……。「斜め後ろからちょっと耳をくすぐるみたいな写真」みたいな言い方だったと思うんだけど、うろ覚えなのでちょっと違うかもしれません。ただ、そういう写真ですよね。真正面からバシッと撮るのではなく、ちょっと斜め後ろの方からそっと覗き込むみたいな、そういう眼差しの写真が多いよね。
そのさりげなさっていうか、自己主張を抑えるやり方も、割と日本人と相性が良いのかもしれないです。どちらかというと、シャイな写真だよね。友達の写真はちょっと違うけど。
―「シャイな写真」って表現素敵ですね。でも自己主張を抑えるっていうのは写真を見ていてすごく感じます。主張をあえてしていないというよりも、主張する気がないというか…。そんな風に感じました。
映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』(2015年)
ソール・ライターの日常から学ぶ生き方のヒント
ーソール・ライターさんに関するドキュメンタリー映画もありますよね。
飯沢さん:はい。イギリス人の映画監督で、ドキュメンタリー映画を撮っているトーマス・リーチさんが、写真を見てソール・ライターという人物に興味を持つんですよね。
何しろ栄光に包まれたファッション写真の道を投げ捨てて、一人の写真家としてずっと淡々撮り続けるわけでしょ。ソームズさんっていう元モデルだった人と猫と一緒に暮らしながら、ただ街に出てはこういう写真を撮って、どこかで発表するあてもなく、撮ること自体が彼の生き方になっていくというような……。トーマス・リーチさんがその生き方に非常に強い関心を抱いて、ドキュメンタリー映画を作ろうと考えたんです。
それで何年もずっと取材に通って、ソール・ライターさんは2013年にニューヨークで亡くなるんですけど、その後にこの映画が公開されることになります。『写真家ソール・ライター、急がない人生で見つけた13のこと』というタイトルなんですけど、この映画がね、またいい映画なんですよ。
ー映画の内容はどんなものなんですか?
飯沢さん:ファッション写真家を引退して、イーストビレッジという場所のアパートで、猫と一緒に暮らしながら写真を撮っている日常です。ドキュメンタリー映画の時は、もうソームズさんは亡くなられているのかな。だから、彼女の遺品を整理する場面があったりして、そのおじいちゃんのソール・ライターさんが淡々といろんなことを語るわけです。この語りがいいんだなぁ。言ってることはもうすごいシンプルなことなんですよね。
「自分の写真なんて誰にも認められないような、ガラクタみたいなのを撮ってるだけに過ぎないんだよ」みたいなことを、ちょっと皮肉を込めて言うんだけれど、でもそうやって撮っていく中で、出来上がってくる写真の在り方と、彼自身の生き方がとてもうまくブレンドされていて、「こういう生き方いいんじゃない」って、「写真を撮るってこういう風なことなんだ」って思わせてくる映画です。
ソール・ライターさんのスナップ写真は、本当に自由に撮られていて、言ってみればアマチュアの写真なんですよね。そのアマチュア写真の良さを体現できるような写真を撮っているおじいちゃん(ソール・ライター)がいて、「最近はデジタルカメラで撮ってんだよ」とか言って、デジタルカメラを持って外に出て、パッと出会った人に声をかけて撮っていいか聞いて写真を撮る。ただそれだけの映画なんですけど、じわじわっとくるとてもいい映画で、2015年に日本で公開されて結構ヒットしたんですよね。
『All about Saul Leiter』(青幻舎/2017年)

日本国内で大ヒットを記録した写真集
ーこの写真集は日本で発売されたものですね。どういった写真集になるのでしょうか?
飯沢さん:知り合いでもあるんですけど、佐藤正子さんというキュレーターの方がいて、彼女がニューヨークのソール・ライター財団※と交渉して展覧会を開催します。それが『写真家 ソール・ライター展』(Bunkamura ザ・ミュージアム)なんですけど、それと同時に発刊された写真集です。
―表紙の写真もそうですが、ソール・ライターさんといえば赤い傘の写真が有名ですよね。
飯沢さん:ソール・ライターさんは雨や雪が降ったりしたら喜んで外に出るんですよね。天気が悪い時ってあまり人も歩いてないし、街の風景が変わるじゃないですか。雪が降ることが楽しかったんじゃないかと思うんですよね。アメリカとかヨーロッパの人たちはあんまり傘をささないんだけど、派手な傘が真っ白な雪の中で、赤くなっているっていう写真で、こういう一部分に色を入れるときの入れ方が本当にうまいんですよね。

ーこの写真集には写真展で展示されたものが掲載されているのでしょうか?
飯沢さん:そうですね。この写真集は内容が幅広くて、写真④のような初期のモノクロームの写真やファッション写真、もちろんカラー写真も入っています。

飯沢さん:ソームズさんもすごい美人なんだけど、なかなか美人のモデルさんや編集者の人を自分のうちで撮ってる写真があるんですよ。写真⑤はプライベートヌードですね。これが結構エロチッククかつ、何気ないポーズの作り方で本当リラックスしていて、やっぱりそういう関係にある人じゃないと見せないような姿、ちょっとドキドキするようなシーンが結構あるんですね。

ー写真⑥はソール・ライターさんが書いた絵でしょうか?
飯沢さん:そうですね。絵を書くことを諦めきれなかったみたいで、色々と写真を使った実験をしてて、これは自分が撮った写真の上に色をつけた絵ですね。

飯沢さん:写真⑦のように純粋な抽象画みたいなものもあるんですけどね。色彩感覚がカラー写真と同じでしょ。やっぱりパステル的なこういう色遣いをカラー写真でもやっているんですよ。これ(写真⑦)はもう純粋な抽象画ですね。でもちょっと東洋画風なんですよね。
ー展覧会は日本でどのような評価だったのでしょうか?
飯沢さん:東急文化村の会場はなかなか良い会場なんですけど、充実したとてもいい展覧会でした。
写真の展覧会は90年代ぐらいまでは時々やっていたんですけど、お客さんが入らないとああいった美術館って難しいじゃないですか。要するに観客動員数が大事だったようで、一時写真の展覧会が開かれなかった時期があったんですって。なので当時は割と有名な画家の展覧会とか、今だったらファッションに関連するものとかをやっていたんですよね。
そこでキュレーターの佐藤正子さんがこのソール・ライターさんの展覧会の企画を持ち込んだ時も、「大丈夫なの?」っていう意見が多くて、展覧会の企画成立がすごく難しかったって聞いてます。「本当にお客さんが来るの?」みたいな感じで言われてたんですけど、蓋開けてみたら8万人入ったんです(笑)。
ーかなり反響があったんですね。8万人であればすごく多いのではないでしょうか?
飯沢さん:でもね、東急文化村なんかで言うと8万人っていうのは大したことではないラインなんです(笑)。
普通の展覧会だと10万人とか20万人とか入るらしくて、でも写真の展覧会で8万人以上入るっていうのはなかなかないんですよ。
SNSでじわじわと「こういう不思議なおじいちゃんの写真家がいて、ずっと撮っていたニューヨークの写真がなかなかおしゃれでかっこいい」みたいな口コミが広がったんですよね。
あともう1つ言えるのは、誰でも撮れるような感じがするんですよ。そう思いませんか?撮れそうな感じがしてしまうわけです。やってみると撮れないことがよくわかるんですけど(笑)。
それでInstagramなどのSNSで「ソール・ライターっぽい写真撮りましょう」みたいなキャンペーンをやったりもしたみたいです。
ーソール・ライターさんの写真は自分とそんなに遠くないというか、どちらかというと身近な感じがします。それをうまくSNSマーケティングなどで活かして、集客に成功したということなんですね。
飯沢さん:という風に考えてみると、やっぱりいい写真家をちゃんときちんとした形で紹介していけば、展覧会に結びつくし、それからそういう人の存在がいい意味で広がって、刺激になって、写真を撮る人が増えていく…。この展覧会はそういうことに気づく、とてもいい機会だったんじゃないかと思うんですよね。
写真の在り方はいろんなものがあると思うんだけど、今だったらみんな携帯を持っていて、携帯を持って街に出て撮る。食べてる料理や友達を撮るのではなくて、街の中で見かけたなんでもない出来事、それから普通見過ごされてしまうような佇まいのモノや建物、そういうものを写真のフレームの中に収めていくと、魔法がかかったみたいに面白いものが見えてくる。そういうことが彼の写真を見ているとよくわかるので、映画やこの展覧会がヒットして、このソール・ライターという人の存在が知られてきたっていうのは、とてもいいことだと思います。
※ソール・ライター財団:ソール・ライターが亡くなった後にできた、彼のアパートや作品を保存し、写真の整理や管理を行う財団。
『永遠のソール・ライター』(小学館/2020年)

プライベートな作品を数多く収録
ーこの写真集も展覧会を機に作られたものでしょうか?
飯沢さん:はい、そうです。2020年にやはりBunkamura ザ・ミュージアムで開催された『永遠のソール・ライター』という展覧会ですが、これもお客さんが入りました。NHKの「日曜美術館」という番組でも取り上げられて、ソール・ライターという名前が完全に定着してきます。
ーこの展覧会はどのような内容だったのでしょうか?
飯沢さん:この展覧会は前の展覧会を受け継いで、彼のファッション写真も含めた代表作がたくさん展示されました。

飯沢さん:写真集の後ろの方に特徴があって、まず写真⑧のようなセルフポトレートが入っているんですよね。でも、撮り方はやっぱりちょっと独特で、縦位置でしかも鏡の中の自分を撮っています。
こういう自分がさりげなく見える撮り方とか、ガラス窓の鏡の映り込みを見ていると、写真を撮りながらある種の自己探求というか、自分自身を確認するということをやってきたんだなって分かりますよね。

飯沢さん:それと、デボラさんという妹さんがいるんですけど、ユダヤ人の宗教的な家庭の中で、彼女だけが兄(ソール・ライター)が芸術の道に進むことを応援してくれた、唯一の理解者だったらしいんですよね。
だからそういう絆っていうのかな。写真⑨はそれをすごく感じさせる写真ですよね。

飯沢さん:この方(写真⑩右)は、ずっと一緒に暮らしていたソームズさんですね。元々ファッションモデルで大変きれいな人だけど、こういうプライベートな要素を、後半部分ではかなり強調した展覧会になっていて、これはこれでかっこいいね。でも、彼女も絵を描くしすごく才能のある女性だったんですね。
ーソール・ライターさんはソームズさんと結婚されていたのでしょうか?
飯沢さん:正式な結婚はしていなかったのかな。ソームズさんのプライベートな場面を撮っているような写真がたくさんあっていいですね。やっぱりファッションモデルとしての顔と、ちょっと違う顔が見えますよね。

飯沢さん:あとこういう絵の世界。写真⑪は墨絵だね。日本語が書いてあってもおかしくなさそうな感じがする。この間の生かし方が非常に独特だよね。
この展覧会が2020年で、今度また新しい展覧会がありますよね。その内容は僕もちょっとまだあまり聞いてないんですけど。3回続けてやるっていうのは、やっぱりそれだけ人気もあるということと、ソール・ライターさんの写真が日本の観客に非常にウケるっていうことですよね。
ーソール・ライターさんがここまで人気になった理由とは何なのでしょうか?
飯沢さん:浮世絵と墨絵みたいな話をしたけど、日本芸術の伝統というのは、生活とアートが一体化していることに特徴があるような気がするんですよね。欧米のアーティストとか彫刻家のようにアトリエがあって、そこで作品の世界があって、彼らは彼らのプライベートの生活があるという風に、くっきり分かれているのではなくて、「生きること」「生活をすること」「作品を作ること」が一体化している。江戸時代において絵を描いたり、俳句や短歌を作ったりすることって、生きることと結びついているじゃないですか。
要するに、ソール・ライターさんってそういう人ですよね。ニューヨークのイーストビレッジのアパートで暮らしながら写真を撮って、時々絵を描いてみたいなね。
そういう風な写真家の在り方は、日本人のアーティスト像と、どこか繋がるところがあるような気もします。それも人気の秘密の1つかもしれないですね。非常に親しみやすくて感覚が近い。そんな感じがします。
まとめ
ファッション写真家として華々しいキャリアを築きながら突然引退し、スナップ写真を生涯撮り続けたソール・ライター。
独特な色彩感覚と画面構成の写真だけでなく、写真家としての生き方にも注目が集まり映画化もされました。
2023年7月からはまた大きな展覧会が控えているので、このコラムの内容を思い出しながらソール・ライターの写真を鑑賞してみてはいかがでしょうか?
今回ご紹介した写真集は「写真食堂 めぐたま」にて鑑賞することが可能です。
写真集食堂 めぐたま

住所:〒150-0011 東京都渋谷区東3-2-7
アクセス:恵比寿駅より徒歩7分
営業時間:12:00〜22:00(L.O21:00)
定休日:月曜日、祝日
https://megutama.com/
あとがき
飯沢さんとのお話しで出た映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた 13のこと』を鑑賞しました。
映画の中でソール・ライターさんが自身の写真を“何も写っていないように見えて、片隅で何か謎が起きている写真”と表現していました。
独自の画面構成や色彩表現だけでなく「ソール・ライターの写真に潜む謎を探してみる」そんな見方をしてみても楽しいかもしれませんね。
ソール・ライターの写真展情報



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