桜の時期は、いつだってそう。
始まる前から、徐々にそわそわして、そして心が沈む。
まるで最初から、散った後の気持ちを先取りするみたいに。
一瞬で咲いて、一瞬で散っていく。
その艶やかで儚い姿を、日本人は「日本らしい」と喜ぶ、今や世界だってそうだ。
桜の国、日本。
でも、僕はいつだって思う。
みんなが「もう飽き飽きだね」っていうほど長く咲いててほしい。
散ることなく咲き続け、誰もが「まだ桜咲いてるよ」なんて言って、振り返ることさえしなくなったとしても、僕だけはずっと万感の思いで桜を見続けるだろう。

かつて僕は、転校生だった。
幼稚園から小学校に入るその時、学区外から転入することになったのだ。
友達は誰もいない。
幼稚園から一緒の悪友たちを連れて、我が物顔で校舎をのし歩く新一年生の中で、僕だけはたった一人。
加えて、小さい頃の僕は極度の人見知りのせいでうまく人と話すことができない子どもだったから、話しかけるきっかけさえ掴めない。
そしていつの間にか、いじめられる対象として選ばれた。
それはある種の必然的な帰結だと今ならわかる。
社会とは、そういうものだから。
弱いものたちの夕暮れにおいては、さらに弱いものが叩かれる。
たった一人の僕は、誰よりも「弱いもの」だった。
ブルースはまだ知らなかった。

初めて小学校に登校する日、もちろん入学式の日。
その日のことをいまだによく覚えている。
まるで「これが見納め」とでもいうように、恐ろしいほど美しく桜が咲き誇る年だった。
僕と同い年の人たちは、その年の桜のことを覚えているかもしれない。
ご両親が残した小学校入学の時の写真には、満開の桜が写っていることだろう。
僕の両親は写真を撮る趣味がなかったみたいで、そういう写真はないけれど、写真がない代わりに、その日の美しい桜の記憶は40年近いたった今でも覚えている。
僕の記憶は少し特殊な形をしていて、強烈な体験は、まるでその瞬間を氷で固めたみたいに、明確な視覚記憶となって細部まで残り続ける。
多分小学校に入る時のその桜の記憶は、僕にはよほど鮮烈なものだったのだろう。
不安、孤独、寂しさ、悪い予感、そしてほんの僅かな、すがるような期待。
そういうものがないまぜになって心の内側で渦巻いているのを、強いて無視するように足元だけを見て、母に手を引かれて向かった小学校。
正門の手前の橋で、母が「きれいな桜よ!」とかなんとか言った瞬間に、僕は見上げる。
満開の桜が、僕の前に咲き誇っていた。
その瞬間の記憶が、僕の心に焼き付いているのだ。
ネガに焼き付くよりも、SDカードに保存されるよりも、強い経験として。
永遠の桜が、その瞬間、僕の心に咲いた。

その後、小学校の1年生は、僕にとっては地獄の毎日で、それこそ人生で最初に「逃げ出したい」と思う経験の一つだった。
そして僕は、実際に何度も逃げ出したのだけど、その度ごとにあの日、桜が咲き誇っている「橋」まで逃げ出したものだった。
どうせ逃げ切れるものではないことは、何度かの逃走でわかっている。
だから、せめて、あの日心を奪われた場所で、裂けそうな心を継ぎ接ぎしてから、現実に戻りたかったのだ。
夏の花火と合わせて、僕の幼い日の心を救い支えてくれた桜を、いま僕は毎年シャッターに収める。
最近は自分の腕が落ちてきたせいで、なかなかいい写真が残せていないのだけれども、そんなことはもう実はどうでも良くなっている。
むしろ、一瞬でも長く、この美しい桜が咲いてくれることを祈って、ただ祈って、シャッターを切る。
まるで、40年前、ここで初めて桜を見上げたあの少年の記憶を鎮魂するかのように。
あるいは、永遠の桜の前で、今なら聞こえるブルースの音に耳を澄ますために。



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