MENU

おはよう、じゃあね、またあした。「大丈夫ですって言えよ自分……」

些細なことに幸せを感じることがある。

その日は仕事の撮影帰りだった。乗車駅は三田駅。三田駅は三田駅発の電車がある。このときも三田駅発の電車に乗ることができた。

撮影帰りということもあって荷物が多く、普段なら座らないのだが電車に誰もいないこともあり、この日は座ることにした。

電車は進むごとに人は増えていく。疲れていたのか僕は途中で眠ってしまい、次に目が覚めたとき、満員電車ほどではないが座席は埋まっていた。

完全に立つタイミングを失ってしまった。立ったら逆に迷惑だろうなという状況だったので「最初から立っておけばよかった」と思いながら座り続けた。結局、僕が降りる駅の3駅手前でたくさんの人が降り、僕は自分が降りる駅まで座ることにした。

僕が座っている席の向かって斜め左側に男子高校生の子が座っていた。体格が良く、175cmある僕よりもひとまわり大きかった。

降車駅に到着。すると、僕の左隣りに座っていたご婦人が立ち上がった。どうやら僕と同じ駅で降りるらしい。僕も立ちあがろうとしたときに男子高校生が僕のほうに歩いてきた。

僕の隣に座っていたのは高校生の子の母親だった。その子は母親が座っていた座席上部の荷物置き場に学校の鞄を置いていた。おそらく母親が先に座り、そのとき鞄を置いたのだろう。その後、向かい側の席が空いたので、そこに彼は座ったのだ。

気づいたときには遅かった。荷物置き場から鞄を下ろそうとした瞬間に僕が立ち上がったので、荷物が僕の肩に接触してしまった。

高校生の子はすぐに「あっ、すみません」と声をかけてくれた。僕は自分の荷物が多かったこともあり、早く電車を降りようとしたため声をかけてくれたにも関わらず、何も言わないまま降りてしまった。

電車を降りたあと、すぐに後悔する。「大丈夫ですって言えよ自分……」

昔からこういうことがあった。咄嗟に起こる出来事に対して声が出せないのである。恐怖心から来るものではない。ひとりが好きな自分にとって、他人に声をかけるのは勇気がいることだった。声を発する前に何を言えば良いのか考え、心臓がバクバクと鳴る。慌てているうちに目の前の出来事は過ぎ去り、ひとり茫然と立っている自分がいる。

イヤホンがコードレスになってから、出先でイヤホンを付ける機会が圧倒的に増えた。イヤホンをしていると、こういう咄嗟の判断をしなければいけないとき、ワンテンポ遅れることがある。

東京は人が多い。池袋・新宿・渋谷。駅構内で人とすれ違うことなんていくらでもある。歩いていると肩と肩がぶつかってしまうことがあるが、そういうときもイヤホンをして歩いていると声が出ないときがある。

「東京じゃ人とぶつかることなんて日常茶飯事でしょ?」

という人もいるかもしれないが、僕はできれば声をかけたい。一声、「すみません」と言えたら良いのにと思う。ぶつかるのが当たり前だから声はかけなくて良いということに慣れたくない自分がいる。

高校生の子に申し訳なかったなと思いながらエレベーターに向かった。

僕が住んでいる最寄駅のエレベーターはそんなに広くない。大人が詰めて乗っても6人が限界だと思う。

僕より先に3人がエレベーターの前で待っていた。おばあちゃんに男性の方、そしてベビーカーと一緒のお母さん。

僕はこういうとき「ゆっくりでいいじゃん」と考えるタイプだ。だから、このときも乗れるといえば乗れそうだけど、次でいいやと思っていた。

ベビーカーのお母さんが先に乗り、そのあと、おばあちゃんがすぐに乗って開くボタンを押した。続けて男性がエレベーターに乗る。

勘違いされると悪いので僕はエレベーターから3mぐらい離れた位置で待っていた。それは僕なりの「次のエレベーターで乗るから大丈夫ですよ」という意図を伝えたいがための距離だった。そのとき、

「まだ乗れますよ」

と、おばあちゃんが手招きをしながら僕を呼んでくれた。僕は慌てて乗り込んで「すみません、ありがとうございます」と声をかけた。流石にこのときは声が出た。

僕が乗り込むのが最後だったので、降りるときは僕が最初に降りた。そのときもおばあちゃんは開くボタンを押していた。振り返って確認したわけではないけれど、おばあちゃんが最後にエレベーターを降りたのではないかと思う。

「良い人だったなぁ」

帰り道。僕もおばあちゃんみたいに声をかけることができればと何度も思った。人って昔の環境で染まりすぎた性格を大人になっても変えることはできるのだろうか。

今年、40歳になる。「まだまだ変われるはず」と思う自分もいれば、諦めている自分もいる。その波が繰り返しやってくる。

model:文目ゆかり

■X(旧Twitter):@yukari_ayame

今回使用したカメラ・レンズ

Canon EOS R6 Mark II ボディ

Canon RF50mm F1.2L USM

コハラタケルさんによる連載コラムはコチラ

あわせて読みたい
おはよう、じゃあね、またあした。「もっとがんばらないとダメだよ」 人はなぜか他人の人生が気になるらしい。その人にとって僕の人生は平凡で「そのままで良いのか?」と問うてくる。言われることによって、まるで自分の人生が間違ってい...
あわせて読みたい
おはよう、じゃあね、またあした。「とある日の家族写真の日。」 途中駅の荏原町駅で一旦、下車し、近くのマクドナルドへ。ホットコーヒーだけにするつもりが誘惑に負けてマックグリドル® ソーセージセットを注文。人が少ないほうが好...
あわせて読みたい
おはよう、じゃあね、またあした。「人にはそれぞれ事情がある。」 サルコイドーシスという病気になってしまい、珍しく病院通いの日々が続いた2月。もう、いつ死んでも良いと思っている自分にとって、不安はそこまでなかった。久しぶりの...
あわせて読みたい
おはよう、じゃあね、またあした。「写真は行動の理由になる」 僕は親戚の集まりが苦手だ。 親戚が悪いわけではない。僕が悪い。気を遣いすぎて緊張がなくなる瞬間はなく、終わって自分の部屋へ戻ったとき、ようやくほっとする。 そ...
あわせて読みたい
おはよう、じゃあね、またあした。「悲しい気持ちにも鈍感になる」 これまでの人生のなかで「よっしゃー!」という瞬間はいくつかあった。得られたときの喜びは強いし、その後もルンルンだ。 39年間も生きていると、だいたいのことは予想...
あわせて読みたい
おはよう、じゃあね、またあした。「ゴミは哀愁のかたまりだと思う」 ゴミを撮るのが好きだ。 「写真を撮るときに何を意識していますか?」 と聞かれれば目立たないものを撮影すると答える。自分にとってゴミは特別な存在だ。 ゴミは哀愁の...
あわせて読みたい
おはよう、じゃあね、またあした。「良いことは良いこととして記憶しておきたい」 仕事の撮影で久しぶりに帰省した8月の長崎。僕は祖母の撮影をした。 撮影中も撮影していないときも、祖母はいろんな話をしてくれる。これまでの経験上、そんなに暗い話...
あわせて読みたい
おはよう、じゃあね、またあした。「生きることはできないけれど、死なないことはできる」 「生きるという言葉は眩しく、死なないほうが自分には合ってる」 2024年2月8日。Instagramのキャプションにこのような文章を書いた。嘘偽りなく、今もそう思っている。 ...
あわせて読みたい
おはよう、じゃあね、またあした。「大丈夫ですって言えよ自分……」 些細なことに幸せを感じることがある。 その日は仕事の撮影帰りだった。乗車駅は三田駅。三田駅は三田駅発の電車がある。このときも三田駅発の電車に乗ることができた。...

コハラタケルさんによるFUJIFILMフィルムシミュレーションレビュー記事はコチラ

あわせて読みたい
FUJIFILMフィルムシミュレーション「PROVIA」レビュー みなさん、はじめまして。写真家のコハラタケルです。現在、MARSHにて「おはよう、じゃあね、またあした」というコラムを執筆しています。今回はFUJIFILMのフィルムシミ...
あわせて読みたい
FUJIFILMフィルムシミュレーション「クラシッククローム(Classic Chrome)」レビュー みなさん、はじめまして。写真家のコハラタケルです。以前、FUJIFILMのフィルムシミュレーションのひとつ「PROVIA」についての記事を書かせていただいたのですが、今回...

コハラタケルさんによる機材レビュー記事はコチラ

GOOPASS MAGAZINE|カメラ・レンズ...
普段使いからプロの現場まで!FUJIFILM X-H2S レビュー X-Pro3との比較もあり シャッター音、起動時間、接眼感、手ブレ補正、暗所AFなどをレビュー。X-Pro3との比較もしています。普段使いからプロの現場まで、「APS-Cもここまで来たか」と感じさせる1...
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

フォトグラファー 1984年生まれ、長崎県出身。大学卒業後、建築業の職人を経てフリーのラ
イターに。その後フォトグラファーに転身。セクシー女優たちのデジタル写真集”とられち”シ
リーズ撮影担当。#なんでもないただの道が好き発案者。愛用機材はFUJIFILM X-Pro3。好き
な撮影ジャンルはスナップ。