写真家・井上浩輝さん解説!野生動物の撮り方Vol.2「エゾシカ」をかっこよく撮るには

(編集:GOOPASS ANIMAL MAGAZINE編集部)
これから野生動物を撮影してみたい方の中には、「どこに行けば野生動物に会えるの?」「どうやって撮っていいか分からない…」という方も多いのでは?
そこで、米誌「National Geographic」のフォトコンテスト『TRAVEL PHOTOGRAPHER OF THE YEAR 2016』ネイチャー部門で日本人初の1位に輝いた、写真家・井上浩輝さんに野生動物の撮影方法をうかがいました。
今回は、【テーマ:エゾシカの撮り方】について、詳しく解説いただいています。また、井上さんの記事では、毎回撮影テーマに沿った撮影のコツや愛用機材を解説いただきます。
エゾシカの実情とは
北海道のどこにでもいるエゾシカ。実は厄介者のような扱いを受けています。
その理由は、好みの植物を食べ尽くすことで森林を破壊してしまうからとも言われています。

さらに、食べ物がなくなると、樹皮を食べてしまいます。その結果、木が死んでしまうことに…。
この150年の間に絶滅の危機に瀕したこともあるのですが、いまではずいぶんと増えて、数十万頭が生息しているのだとか。
多くのエゾシカが生息する北海道では、エゾシカと車の衝突事故が頻発しています。なんと、交通事故7,000~8,000件のうち半数以上がエゾシカと車の衝突。
エゾシカは車が危ないことはわかってそうなのですが、それでも彼らは道路を横断するときに、いきなり飛び出してしまうことが少なくありません。
一頭目は道路を往来する車を見定めながら渡っても、二頭目以降は、前を行く仲間のお尻の白い毛だけを見て渡る感じなのです。そのため、一頭のエゾシカが通ったあとで、二頭目か三頭目が「ボーン!」と車にぶつかることが多いのです。
エゾシカが多くなってくると森林への影響が懸念されます。好みの植物が食べ尽くされ、好みではない植物が著しく繁茂し、植生そのものに影響を与えてしまっているのです。
引用:国有林におけるエゾシカの被害と対策(林野庁)
エゾシカの分布

エゾシカは、道東(北海道の東部地域)や道北(北海道の北部地域)で多く見かけます。僕は主にこの2つの地域で撮影することが多いです。
エゾシカは地域によって警戒心や特徴が異なります。道東のエゾシカたちは比較的人慣れしていて近づきやすい一方で、道央から道北の彼らはすぐに逃げてしまう印象があります。
特に、僕の自宅がある大雪山の麓のエリアにいる彼らは100m以上離れていても、こちらを見やるや否や逃げちゃうことも…。


道東のエゾシカなら、焦点距離200mmのレンズでこんなに顔をアップで撮影できることもあります。かなり近くで撮影しているにもかかわらず、堂々としていることがあります。
一方、シルエットで3頭写っている写真では、エゾシカたちから200メートル程度離れていますが、撮っているうち「ピーッ」短く鳴いて向こうへ逃げてしまいました。それくらい、エゾシカは地域によって性格が異なる傾向があるように感じます。
井上浩輝さん稚内の方のエゾシカは巨大だとか…
ふきのとうを食べる時期になると角が落ちる

エゾシカは春になると角を生やして、また一年経つと角を落とし、新しい角を生やす生き物です。
ふきのとうが芽吹く3~4月頃になると角が落ちます。

新しい角が生えてくると、こん棒のような見た目に。想像しているエゾシカの角とは違いませんか?

この角には血が通っています。角の成長は哺乳類のなかで最も早いそうで、細胞分裂が異常に盛んです。一週間で数センチも伸びるとか…。

伸びた結果、枯れた角になります。角の外側の皮が剥げ、角化して人間の爪のように固くなります。そして、固くなった角をぶつけ合って戦います。
さらに面白いのが、角の本数。
生まれてきたオスには角が一本ずつ生えます。次の年、ふきのとうを食べる頃になると落ちて、生えてくると二股に。これが落ちてまた生えてくると、股が二つに…。
つまり、股の数でおおよその年齢が分かるということです。

井上浩輝さん股が3つあるので、4歳かな
季節ごとのエゾシカの魅力
エゾシカは、季節によって姿を変えます。夏は水玉模様が可愛らしいバンビのような姿です。
いかついオスもこの模様になります。
夏の水玉模様


荒々しい晩秋

秋になってくると、オスのエゾシカが荒れ狂ます。襲ってくるほどです。
オス同士が角を振り回しながら角と角をぶつけ合って、一頭のオスが複数のメスを従えるグループを作ります。そうして、種を残していくのです。

晩秋になると、「ヒュ~ウ~ルルルル~」といった声を出して鳴くのも特徴です。
これが周囲の山にこだまします。その声を聞いた「我こそは!」と思う大きいほかのオスが、俺の縄張りに何しに来てるんだといって、鳴いたオスを探し、オスとオスが角をぶつけ合い戦います。そして、勝った方がメスを従えて生きていきます。
写真を並べるだけでも夏のエゾシカと秋のエゾシカは雰囲気が全く違いますよね?


突然かっこよくなるのが、秋なのかなと思います。
厳冬の中の美

冬もかっこよくて好きです。寒いなかにいるエゾシカっていうのも撮りがいがあります。厳しなかにも美しさがありますね。


エゾシカをおしゃれに撮るなら
「かっこいい=シルエットが良い」ということ。ちょっとおしゃれに撮るなら、シルエットで撮るのも一つの方法です。
撮影しやすい時間は朝方と夕方。特に夕方がおすすめです。
SNS的には、おそらくぽつんと写っているエゾシカなんて、いいねが少なくインプレッションが伸びないのですが、シルエットを利用したそういう写真もかっこいいと思います。

また、ポートレートも別の方向性のかっこよさがあります。

上の写真はもっとも気に入っているエゾシカのポートレートです。
どうして黒バックで撮れたかというと、トドマツの暗い森が後ろで、このエゾシカの顔に薄曇りの日の光がきれいに落ちてきていたから。
光の当たっている部分に露出を合わせて撮っているので、後ろが相対的に暗く沈むのです。

上の写真は、最新モデル「SONY α7RⅤ」で撮影したポートレートです。以前のモデルに比べて、ものすごくピントが合いやすくなりました。
犬や猫のような動物の、頭や顔の認識が加わっただけでなく、一部の草食動物・小動物の瞳を認識しやすくなったようです。
それまではあまりうまくエゾシカを認識できない時があったのですが、α7RⅤは、エゾシカの瞳と体を認識できるようになった感じがします。
例えば、背中だけが見えている、頭だけがちらちら見えている場合でも、そこにピントを合わせ続けるので、ピントが奥に抜けにくいです。
井上浩輝さんAFのためだけのCPUを載せているのも納得!
従来の瞳AFでは、瞳を認識しないと顔を認識してくれませんでしたが、α7R Vでは骨格を認識して正確かつ高速でピントを合わせてくれます。
カメラが動物の骨格を認識して、身体がどこにあるか、顔がどこにあるか、瞳がどこにあるか、なんとなく判断しているとか。
下記ページに、エゾシカにばしばしピントが合った動画を掲載していますので、ぜひチェックしてみてください。
おすすめの撮影地は?
エゾシカを撮影するなら野付半島がおすすめ。釣り針のようなところの先まで車で行くことができます。

また、野付半島にはネイチャーセンターがあり、センターのボードに、釣り針の糸の間の道沿いに「こんな動物いたよ」ってマグネットが貼れるようになっています。
「え、ここにオオワシが来てるの!?」といってオオワシを見に行ったり、アザラシを見に行ったり…。

釣り針の先までずっとエゾシカがいます。エゾシカを撮るならここに行けば必ず出会えます。
昼前に着くとエゾシカすらいないように思えるのですが、昼間はエゾシカってみんな足を折って地面に伏せて休んでいます。
そのため、日没の一時間前くらいになると、わしゃわしゃと数が増えてきて、移動を始めます。より美味しい草があるところにみんなで移動していくのです。
冬の夕方に野付半島へ行くと、日没前の一時間くらいはエゾシカだらけに!越冬地なので、12月~3月頃はエゾシカがたくさんいます。
さらに、野付半島はエゾシカのほかに、キタキツネやオジロワシ・オオワシにも出会える場所です。
井上浩輝さん遭遇確率:エゾシカ100%、キタキツネ80%、ワシ70%
1月中旬からは流氷もやってきます。
エゾシカの向こう側に流氷が流れていて、青い海が広がり、オジロワシやオオワシが飛んでいて、その後ろに国後島が見える。
そんな風景も撮影できるおすすめスポットです。

野付半島の周辺では、釧路から網走に向かって走る「JR釧網本線」もおすすめ。雄大な光景の中を行くディーゼルの列車は力強く素敵です。
さらに東に行くと、釧路から根室までの「JR花咲線」も同じようにシカが線路にいて、線路を渡っていく場所です。
このあたりをうろうろしていれば、必ずエゾシカたちに会うことができるでしょう。
この地域の道の駅に行くと、「エゾシカ肉のジャーキー」が販売されていることがあります。見かけるたびに、エゾシカを撮っている僕はドキッとしちゃうのですが・・・美味しいかもしれません。
井上浩輝さん道東は楽しいエゾシカポイントがたくさん

Q&Aコーナー『井上さんに直接質問しちゃおう!』

Q&Aコーナー
『井上さんに直接質問しちゃおう!』
Q.冬の北海道に撮影に行ってみたいのですが、どんな準備・装備が必要でしょうか?
想像以上に寒そうなので、服装や機材の機材の注意ポイントなど教えてほしいです。
防寒対策だと、mont-bellのパウダーブーツを使っています。暖かくて、滑りにくいのが◎。
カイロもポイント。桐灰のマグマを使っています。普通のカイロをポケットの中に入れていても、ちっとも暖かくなりませんが、これは暖かいまま。北海道内のコンビニでも販売されています。
機材は、結露が一番心配です。暖かいところから寒い所に持ち出すのは大丈夫。一方、カメラやレンズが冷え切ったところから暖かい所に持ち出すのは×。
井上浩輝さん外でずっと使っていたカメラは、暖房を利かせた車内に戻さないこと
外でずっと使っていたカメラは、暖房を利かせた車内に戻さないことです。
最初はカメラバッグの中にカメラを入れ、車のトランクに収納し、その後に座席へ・・・と徐々に暖めていきましょう。車を離れるときは車のエンジンは切っておき、温めたままにしないことも良い対策です。
外から室内にカメラを持ち込む場合は、カメラバッグの中にいれて、チャックをしておき、少し時間が経ってからチャックを少しだけあけるなどして、徐々に温めて結露を防ぎましょう。
ちなみに、SDカードやコンパクトフラッシュは防水なので、結露に強いのが特徴です。
そのため、どうしてもデータが見たければ、カメラやレンズはバッグに入れたまま、バッテリーとメモリーカードだけ手の中に入れて室内に入るのも良いでしょう。
また撮影の際は、バッテリーの予備を持って行くことを忘れないようにしたいです。冷温下にバッテリー性能低下は想像以上のものがあります。
Q.第一回連載に「キタキツネと同じ目線まで下がって撮影するには、間合いを詰めていって、車から降り、キタキツネと同じ高さで撮っていいのか、キタキツネとやりとりしないといけません」とありましたが、キタキツネのどういう所を見て、近づいてよいか判断されているのでしょうか?
まずはドアを開けて、逃げないか確認しましょう。
大丈夫そうなら、「足を一本出してみようかな」「ちょっと体をドアの陰から出してみようかな」といった具合に少しずつ、体を出してみてください。
その時に、キタキツネの目や顔を見ないことが重要です。「君には興味がないんだよ。こっちは勝手に好きなことをやってるだけだから」と、ただゆっくり動いている人間に見せかけます。
これをやっている時にキタキツネの目を見ながらやると逃げてしまいます。エゾシカも逃げるので注意しましょう。
井上浩輝さんそーっとそーっと動きましょう
また、レンズを向ける時も、できたらファインダーを覗かないこと。
背面ディスプレイをそっと開けて、下を向いている感じで撮影しましょう。あくまでも興味がない感じで、ただ下を見ているだけだと思わせることです。
十分、キタキツネに近づいて逃げないことが分かったら、初めて目を合わせても大丈夫。ただ、シカは目を合わせると逃げます。
キタキツネたちはいろんなことを感じていろんなことを考えているようで、目を合わせたり近づいて来る子もいれば、嫌だなあと思って距離を取る子もいます。
キタキツネに寄る時は、立ったまま行かないこともポイント。立ったままだと、彼らは5~7メートルは離れたがります。人間がしゃがめば、それが2メートル以内になります。
彼らはしゃがんでいる人間と立っている人間のリーチを知っているので、自分がさっと逃げられる距離感を分かっています。
近づきたかったら姿勢を低くして、目を合わさず、そーっと近づいてみてください。
撮影のコツは車から降りながら、ずっとシャッターを切ること。チャンスはいつなくなるか分からないからです。
そういうときに動物瞳AFが搭載されたカメラだと楽に撮影できます。多少カメラがズレたとしても、瞳を追い続けてくれるからです。
次回のテーマは『エゾリス』
2月25日(土)公開予定

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