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センチメンタルなひとり旅 #10

写真家アラーキーとその奥様である荒木陽子さんの愛の軌跡を辿るため、陽子さんの著書「愛情生活」をもとに二人が訪れた場所へ赴き、写真コラムを綴るこの企画。
(この連載の細かな企画内容については#1をご覧になっていただけますと幸いです。)

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今現在わたしは友人たちと3人でシェアハウスに住んでいる。その部屋を来年の春までに解約することになり、引越し先を探していた。

東京に住み始めてもう20年以上が経つ。
京王線、東急線、中央線、丸ノ内線などいろいろな路線沿いに住んだ。正直もう憧れの街だとか住んでみたい特定のエリアもなかった。「新宿や渋谷まで片道30分以内で行くことが出来ればいいなー」という、その程度の条件だった。

とはいっても、東京に住んでいながら未だに行ったことのない街、一度も降りたことのない駅はいくらでもある。
ふと、荒木夫妻が新婚時代に住んでいたという三ノ輪へ行ってみたくなった。
三ノ輪といえば、アラーキーが生まれ育った場所でもある。

カメラはSIGMA fpLを借りて、電車に乗る。レンズは50mm。
動画の現場でよく使われるこのカメラは、余計な装飾が極限まで削ぎ落とされとてもシンプル。そこから自分に必要なものを付け加える形で、自分好みにすることができる。

アラーキーの実家は履物屋だった。
残念ながら、そこは今となっては駐車場となってしまっている。
しかし、どこか人情味のある街並みは、アラーキーが店先で写真を撮っていた約50年前とさほど変わらない。

二人は新婚当初、その実家からすぐ近くのマンションに住んでいたそうだ。
家賃は当時で28,000円、風呂はついていない。
その為、よく二人で銭湯に行っていた。当時、近所には銭湯が何軒もあった為、風呂がなくても特に困ることはなかった。
家の目の前にある1番近い銭湯はアラーキーが嫌っており、少し離れた綺麗な銭湯へ通っていたらしい。

今回、アラーキーのご実家である履物屋さんも、新婚時代に住んでいたマンションも、二人が通っていた銭湯も、建て替えなどの関係でもう存在していなかった。
わかっていたものの、二人がどんな所に住んでいたのかが知りたかった。
唯一、アラーキーが嫌っていたという近所の銭湯だけが、リニューアルはしたものの今でも残っている。

昔、アシスタント時代に三軒茶屋で一人暮らしをしていた。
築40年ほどの6畳1Kアパートで決して広くはなかったけれど、日当たりの良い部屋だった。
忙しさを理由にいつも散らかっていたけれど、初めての一人暮らしで自分だけの城のようだった。
そこへは三年ほど住んで、仕事を辞めたタイミングで退去した。

退去日当日、初めてアパートの大家さんに会った。
70代ぐらいの女性で、物腰の柔らかく品のある方だった。
「素敵なお嬢さんが住んでくれてよかったわ」と言われ、とても救われた気持ちになったのをよく覚えている。

しばらくして、そのアパートが取り壊されていることを知った。
決して良い思い出ばかりではないし、今でもあの辺りの道を歩くと胸がチクチク痛むけれど、やはり慣れ親しんでいた建物がなくなってしまうのは悲しい。

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この記事を書いた人

1991年生まれ、東京都在住。 日本大学芸術学部写真学科卒業。セルフポートレートや 自己の体験を中心に作品制作を行う。

2020年12月に初の作品集『きっと誰も好きじゃない。』を刊行。