ザ・リッツ・カールトン日光までの道のり
10月下旬。
いつまで続くのかと思うほど長かった夏がようやく過ぎ去って、ようやく秋服が着られるようになった頃、私は奥日光へと向かった。
この日は本当にいい秋晴れで、「運がいいな」と思いながら東武日光駅へと向かう特急電車へと乗り込んだ。車窓から覗く光のすべてがうつくしかった。

行き先は、ザ・リッツ・カールトン日光だ。
東武日光駅に着いたら、バスに乗り換え、40分ちょっとの道のりをいく。

いろは坂をなんなく登る運転手の技量に感心しながら、色づき始めた紅葉と、それを楽しむ観光客らの姿を眺めているうちに、ホテルの目の前「ザ・リッツ・カールトン日光」と書かれたバス停に着いた。思ったほど長くなかったな。スーツケースを抱えて、よいしょと降りる。

ガラガラとスーツケースを引きながら駐車場を渡っていると、ホテリエの方がこちらに気がついて走って来てくれたのが、ありがたいのと可笑しいのとで、笑ってしまった。

大きな扉を抜けてホテルに入っていく。チェックインのため、一度ラウンジのソファに案内される。

荷物を置いて、一息ついた。
係の人が来るのを待つあいだ、広い窓から外を眺めていた。ふいに、心地よい感触がやってくる。日常から離れた場所で、大した予定もなく、ただぼうっと景色を眺めているというそのことが、私の心を凪がせた。こういう些細な感触は、ひとりの時でなければ掴めない。

係の女性は着物姿だった。木材を多用した館内の造りや、ラグジュアリーホテルながら煌びやかさよりも落ち着きを感じさせる雰囲気に、「ここは『和』が意識された造りなんだな」と感じる。

照明の使い方ひとつとってもそうだ。
エレベーター前の照明がかなり落とされているのに気がついて感心した。「照明が明るいのは西洋、暗いのは日本の伝統だ」というようなことを、あの谷崎潤一郎も『陰翳礼讃』の中で語っていたのではなかったか。

エレベーターホールに飾られていた絵は、白く立ち上る煙のように浮き上がっていた。
客室
通常のホテルの客室は入り口からベッドルームまでに段差がないが、ザ・リッツ・カールトン日光の客室には玄関があって、客室の造りに靴を脱ぐように促される。ここでも、ホテルという洋式の空間の中に、和の様式が取り入れられている。

今回宿泊したのは、男体山を望むマウンテンビューの客室だ。
ザ・リッツ・カールトン日光の中では中禅寺湖を望むレイクビューのほうがグレードが上ということになっているのだが、そんなことは関係ない。初めての日光。紅く色づき始めた男体山を眺めるのも乙なものだ。

玄関を上がってすぐ目の前にはウォークインクローゼットがある。中央に位置するキングベッド、その向かいにある大きなスライド式の扉を開けた先には、2台の洗面台がシンメトリーに配置され、バスルームへと続いている。

ベッドルームの隣には男体山を眺めながらくつろげるリビングになっており、さらにバルコニーも広く取られている。外にもソファが設置されていた。

ザ・リッツ・カールトン日光の客室の一番のポイントは、ビューバスだろう。バスタブは正方形に近い形のしっかりと深さのある和式のもので、ホテルでよく見られる洋式のバスタブとは違っていた。

木製のトレイがバスタブの枠に静かに佇んでいるのもいい。バスソルトの入った容器を手にとって開けてみると、ヒノキのいい香りが辺り一面に広がった。

アメニティはフランスの香水ブランド・ディプティックのもので「フィロシコス」といういちじくを主体にした香りで統一されている。同じ名前でも、石鹸、ハンドクリーム、ボティソープ、シャンプーにコンディショナーと、プロダクトによって香りが異なってくるのが面白い。
明日の朝はここで湯船に浸かろう。そう考えて、この日の夜は大浴場へと向かった。
ここザ・リッツ・カールトン日光は、世界中の「ザ・リッツカールトン」ブランドのホテルで初めて「天然温泉」が導入された場所なのだ。
温泉施設

石造りの壁に、大浴場と思えないほど高い天井。静謐な空間の中でシャワーを浴びて、湯船に浸かる。内風呂でも露天風呂でも、壁と屋根に綺麗に音が反響する造りになっていた。水の跳ねる音が心地よく響く。

外に出て、秋とはいえ随分と冷える奥日光の空気に触れながら、温かな湯の中にしばらく浸かっていた。「硫黄の香りは、こんなにもうつくしく香るものだったのだな」と驚かされる。こんなにも心地よく温泉に浸かったのは、生まれて初めてかもしれなかった。

客室への帰り道に、目当てのものを見つける。
リッツカールトンといえばライオンのロゴ、ライオンのぬいぐるみだ。ザ・リッツ・カールトン日光では日光名物の「見ざる・聞かざる・言わざる」を模したものとなっている。もう、猿でもなんでもなく「見ないライオン、聞かないライオン、言わないライオン」なのだが、可愛いからよし。
どの子にしようか迷った末に「聞かざる」を選んだ。

レストランでの夕食を終えてから部屋に戻ると、ターンダウンを済ませ、整えられた客室のテーブルの上に、おつまみが並んでいた。このドライみかん、ものすごくおいしかった。
寝支度をして、大きなベッドにひとりで寝そべる。持ってきた本を少しだけ読んでから、すべての照明を落とした。ホテルに来ると、何にも追われずに済むのがいい。家にいると、ついつい家事やらなんやら、やることを見つけてしまうのだ。何もすることがない、というのは、贅沢だ。そういう時にようやっと、自分自身の身体とこころの質感を味わえる。
ビューバスを楽しむ

朝を迎えて、早速お風呂にお湯を張る。ヒノキのバスソルトはたっぷり入れよう。
せっかくなら、とバルコニーへと繋がるスライドドアを開けて外の空気を取り込む。これで、お部屋の中でも露天風呂の気分が味わえるだろう。

お湯を張ると、水面に紅葉が映し出されていた。それは予想通りに、いや、予想以上にうつくしい。絵画の中に足を踏み入れるような気持ちで、彩られたお湯の中へと身体を沈めていく。
外の景色を眺めながら、冷たい空気に触れながら入るこのお風呂が、本当に素晴らしかった。このビューバスがあるだけで、またこの部屋に泊まりたいとさえ思う。
滞在を振り返って

チェックアウト後、近場を観光した後に、ラウンジでお茶をいただいた。このホテルをもうちょっと味わっていたかったのだ。広いラウンジは、日のあるあいだ、自然光のあかりで成り立っていた。

ここにいるあいだ、ひとりのホテリエと言葉を交わした。ひとつ、心の惹かれる植物図鑑を見つけた。自分で手を伸ばした先にあった何かをつかんで味わうことは、それが例えいつも素晴らしいものばかりでなくても、かけがえのない記憶になる。そしてそれを味わうためには、ひとりで居ること、時間に追われていないがゆえの余白が必要なのだろう。
初めての奥日光ひとり旅は、そんなことを再認識する時間になった。
今回紹介したホテル
ザ・リッツ・カールトン日光
| URL | https://www.ritzcarlton.com/ja/hotels/tyonz-the-ritz-carlton-nikko/overview/ |
| 電話番号 | +81 288-256666 |
| 住所 | 〒321-1661 栃木県日光市中宮祠2482 |
| チェックイン | 15:00 |
| チェックアウト | 12:00 |




