▲Photo by @kanongraphy
はじめまして!関西大学2年生、20歳、西尾遥(にしお・はるか)と申します。
錚々たる書き手の中に1人紛れ込んだ大学生、となれば新進気鋭の若手クリエイター?
と思われる方もいらっしゃるでしょう。
しかし、安心してください(?)。まだ写真を撮りはじめたばかりの、いち初心者です。
では、そんな自分が皆様にお話ししているのはなぜか。
きっかけは、大学の写真実習をたまたま受講したことから始まりました。
この写真実習とGOOPASS※がコラボし、機材を借りてレビューを書くことになったのです。
そこから縁あって、今回記事を書かせていただく運びとなりました。
※MARSHの運営元・GOOPASS株式会社が提供する、カメラ・レンズなど撮影機材のサブスクリプションサービス。

この連載では、MARSH編集部から毎月送られてくるカメラを使ったフォトコラムをお届けします。
ただこのカメラ、何が送られてくるかは分かりません。すべてを編集部にお任せしているからです。
だから、どんな写真が撮れるかも未知数。どんなコラムになるかも未知数。可能性は無限大の企画となっております。
こんな企画になったのも、すべては「写真を通して新しい自分に出会うため」。
詳しくお話しする前に、まずは自己紹介をさせていただきます。
自己紹介

改めまして、西尾遥と申します。
私は長野県出身の大学2年生(もうすぐ3年生)で、現在は関西大学社会学部メディア専攻に在籍し、大阪で学生生活を送っています。
学生生活は一言で言えば「ドキュメンタリー漬け」の毎日です。
ドキュメンタリーというのは、特定のテーマについて、事件や出来事の記録に基づいて構成する映像、つまりテレビとかでやっている、あのドキュメンタリーです。
メディア専攻にはこのドキュメンタリー制作の実習があります。
私がこの大学を選んだのも、何本もの名作ドキュメンタリーを世に送り出してきた里見繁教授の指導を受けるためでした。
そのため入学以降ずっと、里見先生のご指導のもとでドキュメンタリー制作をしています。
2020年はコロナ入学の世代として「コロナと大学一年生」というテーマで作品を制作しました。
ドキュメンタリー制作に目覚めたきっかけ

ドキュメンタリーを始めたきっかけは、高校時代に所属していた放送部にあります。
部には1人1回はドキュメンタリーを作るという慣習があり、さらに企画から取材に撮影、台本・編集と、制作のほとんどを
1人で行うのが伝統でした(メンバーが少ないという単純な理由です)。
私は高校1年生で制作を始めましたが、その難しさと楽しさに引き込まれ、卒業までに合わせて12本を制作しました。
高校時代に制作したドキュメンタリー作品
上のYouTube動画は、高校時代に制作した作品です。
「卒業から40年たっても、毎年母校に集まってホームルームを開くクラス」を追いました。
誰もが経験したホームルームという時間を見つめ直した作品です。よろしければぜひご覧ください。
引退の迫る高校3年時には、「映像を作り続けたい」という気持ちが強く芽生えていました。
これが現在の大学での活動につながっています。
写真を始めたきっかけ

大学でドキュメンタリー制作を続ける中、ある壁に突き当たりました。
それは「画が弱い」という壁です。
聞いて欲しい言葉や見せたい動きがあるのに、映像がぶれていたり、主題が分かりづらかったり、余計なものが入っていたり。
メッセージを絞り込み、積み重ねる中から伝えることは頑張ってきたつもりだけれど、その1カット1カットの撮影をおざなりにしてきてしまったことに気付きました。
この壁を超えるために選んだのが、「写真を学ぶ」という選択肢です。
理由は2つ。
1つは、一枚を見せる写真の表現を知れば、映像の画作りが上達するのではないかということ。
そしてもう1つは、関西大学に、なんとも楽しそうな写真の実習があったということです。
この実習を受講し、いよいよ写真を始めたのが2021年の4月でした。
関西大学社会学部メディア専攻フォトグラフィ実習とは?

フォトグラフィ実習は、その名の通り写真を学ぶ授業です。
しかし「写真実習」としても「大学の授業」としても、学びの舞台としては少し変わっているかもしれません。
MARSHでも執筆されている写真家の別所隆弘先生が講師で、主にソーシャルメディアが登場して以降の写真表現を扱います。
写真の実習と聞くと、最初に食パンの撮影課題が出たり、暗室でモノクロフィルムの現像を学ぶ授業が思い浮かぶのではないでしょうか。
しかし私たちが初めに習ったのは長秒撮影で、次に超広角撮影からの超望遠撮影、唐突なスタジオライティング課題、カメラを手にとって2ヶ月なのに、初めての課外活動では蛍の撮影に連れていかれました。
このような過程の中で、撮影に必要な技術と、写真表現に必要となる鑑識眼を気付かぬうちに学びます。
他にも次々とビッグゲストが来てくださったり(2021年は浅田政志さん、濱田英明さん、小林淳さん、コハラタケルさん)、GOOPASSさんをはじめとした企業とのコラボがあったり。
大学の授業というと「教わる」イメージがあるかもしれませんが、どちらかといえば「体験から吸収する」授業です。
ほぼ初心者の大学生たちが、先端的な写真表現の世界に放り込まれる中で、体験から吸収して自分達ならではの表現を模索します。
本も座学も嫌いで「エモい」体験しかしたくない私たちも、表現の段階で言葉の大切さに気づき、本や講義を通じた学びにも熱中します。
写真をめぐる環境が大きく変わる最中にあって、だからこそ写真を起点として社会とつながり、社会と自分を捉え直していこう…という志のある実習です。
写真を通じて得たもの

映像のために片手間に始めた写真でしたが、この写真実習にすっかりのめり込んでいきました。
すぐ隣にいるのに全然違うものが撮れたりする。それは自分が撮ったものよりずっと素敵だったりする。
楽しい、でも難しい。それが最初の感想でした。
悪戦苦闘の日々を過ごすうちに、撮る前に色々考えるようになりました。例えば「この写真で何を伝えたいのか」とか「それを撮る意味」とか。考え過ぎてそもそものシャッターが押せなくなり、撮っても良いとも思えず、カメラを持ち歩く日はどんどん少なくなっていきました。写真を撮って誰かに見せることが、すっかり怖くなってしまったのです。
しかしある日ある人に、この考えは「強迫観念だ」とアドバイスされました。
写真には伝えたいことがなければならない、ないなら意味がないと思っていたけれど、本当にそうなのか。意味がどうこうの以前に、まず撮れなくてどうするのか。
「写真がどう受け止められるか」ばかりを気にして、「そこに何が映っているか」「何を映したかったのか」を全く考えてこなかったことに気付きました。これは言い換えれば、見せる「誰か」ばかりを大事にして、撮る「自分」に全く向き合ってこなかったことの現れでもありました。
写真ではなく、自分に向き合うことが怖かったのです。
写真を通じて見る自分

このことに気付いてから、まず1ヶ月、毎日写真を撮ろうと決めました。
これは記念すべき一枚目。大学で、しかもカメラを持っていないので、スマホで撮ったものです。
今見ると「なんだこれ」と思いますが、何も考えずに、撮りたい!と思った時にシャッターを押せた瞬間でした。
次の日すぐに実習のカメラを借りに行き、スナップを撮り始めました。
何も考えずに撮るつもりでしたが、シャッターをわざわざ押したそのとき、そこにはすでに、自分のまなざしで切り取られた現実が映っていると分かってきました。
いや、本当に撮っている時は何も考えていないのですが、後から見返すと共通点があったりするのです。
例えば、適当に撮っていると思っていたスナップは、「その日」たまたま出会えた特別な瞬間を収めようとしていました。
お揃いの服を着たカップル、電気を消し忘れたバイク、赤いダウンがかっこよかったお姉さん、梅田の繁華街をゆくウーバー配達員。
なんとなく素敵な、でも家に帰ると忘れてしまうくらいの、些細な人の息吹。
なんで撮ったのか分からないものも、じっくり見れば「これが撮りたかったんだ」と分かるようになりました。

自分で撮ったはずなのに、知らない誰かを後ろから追いかけるような感覚。
撮るたびに、新しい自分の姿がちらつくようになりました。
何を、どう映しているのか。
また、何を映さないのか。
もっと写真を撮って、色々な写真を撮って、新しい自分に出会い続けたい。
今は、そんなふうに思っています。
本連載の企画概要・テーマについて

そんなタイミングでいただいたこの連載、どうしようか悩んでいたら、MARSH編集部からメールが届きました。
「毎月1台違うカメラを送るので、そのカメラで写真を撮影して、毎月1本のフォトコラムを作成すること」
期限は本格的に就職活動の始まる夏まで、全部で5台のカメラが送られてきます。
安直かもしれませんが、毎月違うカメラを使えば、毎月知らない自分に気付けるのかもしれないな、と思っています。
言うなればこれは、カメラを通した自己分析なのかもしれません。
うまくいくかいかないか、果たして何が待っているのか、分からないだらけの企画ですが、開き直ってそこを売りにします。ぜひまた覗きに来ていただけると嬉しいです!
連載ルール

- 西尾遥に、MARSH編集部から、1ヶ月に一度【カメラ】が届く
- 西尾遥は、【カメラ】で写真を撮り、月に1回フォトコラムを制作・公開する
- 西尾遥は、本連載企画を通じて、自分の気づかなかった・知らなかった自分自身を見つける




