こんにちは!関西大学社会学部の2回生、西尾遥と申します。
MARSH編集部から毎月届く1台のカメラを使い、撮れた写真から「自己分析」をするこの企画。全てを編集部にお任せしているので、何が送られてくるかは、届いてみるまで分かりません。
今回はそんな企画の第2回目、そして2台目のカメラです。
縁あって、今月は編集部から届いたカメラを携えて被災地に行き、そこでたくさん写真を撮って、ここでコラムにまとめる…予定でした。
はじめに白状させてください。
2回目にして、大きな壁にぶつかりました。
とんでもない宿題をもらってしまったので、その宿題をずっと反芻しています。
そこで、被災地編は今月と来月の2回に分けて、1ヶ月では辿り着けなかった結論を、来月まとめて結論編としてお送りする予定です。
それでは今月の「写真ではじめる自己分析」 はじめます。
今月のカメラ:GRⅢ

ちっっっちゃい箱が届きました。
GOOPASS※さんのレンタルサービスを利用するのは、一応これでも3回目なのですが、見たことのないサイズ感。
実はここで、ピンと来てしまいました。
この軽さ。このサイズ感。
今度こそ、RICOHのGRかも。
スナップ最強といわれるGRⅢか、はたまた最近出た魅惑の40mmGRⅢxか。
先月のX100Fが35mm相当のレンズだったので、それよりは望遠だと嬉しいなあ、じゃあⅢxかなあ。
期待に満ち満ちながら箱を開けると、待っていたのはやっぱり、GR 。
届いたのは「RICOH GRⅢ」。広角の方でした。
※MARSHの運営元・GOOPASS株式会社が提供する、カメラ・レンズなど撮影機材のサブスクリプションサービス。
GRⅢとは

| GRⅢの機材情報 | |
| センサーサイズ | APS-C |
| 焦点距離 | 18.3mm (35ミリ判換算で約28mm相当) |
| 有効画素数 | 約2424万 |
| F値 | F2.8~F16 |
| 最高感度 | ISO102400 |
スナップといえばGR、GRといえばスナップ。
カメラ初心者の私でも聞いたことがある、伝説のスナップシューターです。
今月も、GRのサイトに載っていたキャッチコピー を引用させていただきます。
GRⅢのキャッチコピー
「GRを手に、日々を撮煌めきの瞬間を探し求めない
イメージだけを追い求めない
GR III そして GR IIIx。
平凡は平凡のままに
心の動きに正直に、目の前のいまを切り撮る。
それぞれの視点で重ねていく毎日が
今をかけがえのないものにする。」
なるほど!いかにもスナップ向け、という感じ!
「平凡は平凡のまま」「心の動きに正直に」「目の前のいまを切り撮る」
目の前のありのままを写す、という強い意志が感じられます。
これまでひっそりとスナップを撮ってきた自分にとって、GRはいわば憧れの機材。
でも、この28mmという画角は難しいと聞くのですが…
おなじみ別所隆弘先生に、28mmレンズの特性について聞いてみました。
師はこう言いました。
「28mmってなにも撮れないけど、なんでも撮れるねん」
そうなんだぁ!と思いかけたのですが。
よく考えると、あれ、どういうこと?
「なにも撮れないけど、なんでも撮れる。なんでも撮れるけど、なにも撮れない。本当は全部のレンズがそうなんだけど。中でも何を撮ったらいいのか分かりづらいのが28mmなんよ」
たしかに28mmレンズは、広角としても中途半端、でも標準でもありません。
パースも微妙で、広さも微妙、寄るのも引くのも難しい。
先月の35mmレンズにも苦戦したのですが、今月はさらに難易度があがっているはず。
35mmがファーストステージだとしたら、28mmレンズはいわばセカンドステージのようです。
師匠。それって、超ムズいのでは…?
とはいえ落ち込んではいられません。何が届くかわからない連載です。
これはGRを使い倒す1ヶ月にすると心に誓いました。
今月の撮影スポット:宮城県山元町

ではGRで何を撮るのか。
先月はいま暮らしている大阪のスナップでフォトコラムをお届けしました。
一方、今月の撮影スポットは東北。宮城県の山元町というところです。
仙台市を南下した、福島県との県境にある海沿いの町。
11年前、町の半分が津波におそわれた場所。
いわゆる、被災地です。
メディアの中の「被災地」しか知らなかった私は、3月の半分を、この山元町で過ごすことになりました。
被災地・山元町を訪れた理由

2011年、3月11日。東日本大震災が起こったとき、私は小学三年生でした。
図工の授業中で、工具を使って木材を扱う作業をしていたように覚えています。
トンカチの音が鳴り響く中、揺れも感じず、校内放送にも気付かないまま数分が過ぎ、先生の「みんな静かに!」という声に、初めて何かが起きたのだと分かりました。
以来、覚えているのはテレビの映像ばかりです。
長野県で生まれ育ち、親戚も知人も被害のなかった私にとって、東日本大震災はメディアの中の出来事になっていました。
これは東日本大震災に限ったことではないかもしれません。
長野県で大雨災害が起きたときも、知人の、さらに知人の被害を少し聞いたくらいで、災害の当事者になったことはありません。
だから災害は自分にとって、縁のない、遠い存在でした。
しかし昨年、東日本大震災のことに少しだけ触れる体験をしました。
写真家の浅田政志さんが、大学の講義にゲストでいらっしゃったのです。
浅田政志さんは、2020年に公開された映画『浅田家!』の主人公。
『浅田家!』いいですよね。
特に印象に残っているのが、最後の長回しワンショット。私は映画を撮るわけではありませんが、映像制作者の端くれとして憧れてしまうようなシーンでした。
また、映画後半には、津波に流された写真を洗浄して持ち主に返すという場面があります。
災害時に写真を通じた支援があるなんて、映画を見るまで知りませんでした。
調べてみたところ、東日本大震災をきっかけとして始まったボランティアの1つなのだそうです。

そんなわけで講義前にはもう一回映画を見直したりしてソワソワしていました。映画の登場人物に会えることなんて、そうそうありません。本物の浅田さんから、どんな話が聞けるのだろう。
待ちに待ったゲスト講義当日。セルフタイマーを使った家族写真に目覚めたきっかけ。写真愛。東北での活動のお話など。
人をこんなに夢中にさせる写真って何なんだろう。そんなことを考える、贅沢な時間でした。
と思っていたのも束の間、質疑応答の時間に、衝撃の事実が発覚しました。
浅田政志さんによると、『浅田家!』で菅田将輝さんが演じた役のモデルとなった人物(実在の人を何人か混ぜているそう)の1人が、私が通う関西大学社会学部の溝口佑爾先生だというのです。
溝口先生って、私の通うメディア専攻の数学担当で、なぜか写真担当でもあり、若さ(貫禄のなさ)に定評がある、あの溝口先生ですか?
「毎週新しいことをしよう」
と、私たちが入学するやいなや始まったオンライン授業と宣言し、ニコニコ動画のようなコメント打ち込み授業をしたり、授業中に「筋トレ休憩」を設けたり、Zoomで鬼ごっこをしていた溝口先生。
コロナ前のゼミ旅行が全て海外で、コロナ後は毎週ゼミ生と遊び倒しているという、何かと型破りな、あの溝口先生ですか?
もちろん、先生の講義は受講したことがありました。というか、現役で受けています。写真実習のもう一人の先生だからです。

そんな先生がボランティア活動、しかも被災地でのボランティア。
普段の大学での印象とかけ離れすぎていて、全くイメージができませんでした。
浅田政志さんに聞くまでまったく知らなかったのですが、そもそも「被災写真救済活動」の第一人者が、ほかならぬ溝口先生だったのです。映画の登場人物って意外と身近にいたんだなあと謎に感動。

後日、溝口先生に話を聞いてみると、映画では語られなかったエピソードが次から次へと出てきました。
「いちばんたいせつなことは、目に見えないしメディアでは表現できないからね〜」
星の王子様の名台詞を引用しつつ、いつものゆるい口調でさらっとすごそうなことをおっしゃる。
映画で描かれたキャラクターや当時の話と、普段の先生とのギャップに驚いたけれど、
実は大学で見ていた姿の方がほんの一部に過ぎず、その背景には表面をなぞるだけでは見えない世界が広がっているのかもしれない。
言葉の奥に潜んでいるであろう宇宙に震えると同時に、私も一度はそんな世界に飛び込んでみたいとも思うようになりました。
機会があったら私も連れて行ってください、とお願いをしていたら、
「ちょうどこの3月にボランティア活動があるからおいで」
と言われ、宮城県の山元町に行くことになったのです。回想終わり。
被災地で『ありのまま』を撮影する

山元町に来たのは、今回が初めてでした。
というかそもそも東北がほぼ初めてで、せいぜい仙台に2日滞在したことがあるくらいでした。
「空から見ると津波が浸水した場所とそうじゃない場所の違いが分かるよ」
と、溝口先生が飛行機で来るのも初めての私に言います。
残念ながら窓が遠い席だったので、見ることは叶いませんでしたが、
地上で見分けるポイントを聞いてみました。
「地上でもある程度わかるよ。津波が来た場所には、強そうな植物が生えてるよね。」
強そう、とは一体?
あ、もしかしてこれとか、そうでしょうか。

確かに強そう。

言われてみれば強そう。

海に近い歩道。津波の跡地に這うように生える植物。
植生が変わるというのは予想外でした。

ぽかんと広がる草原。
この景色を見て、もともと何もなかった場所なのだろうと思っていました。
しかし元々は町の中心部の1つで、多くの家とお店が立ち並んでいたそうです。

防波堤の上から撮った一枚。
山元町も、東日本大震災で津波による被害を受けた地域です。
この海が被害を引き起こしたということは、文章としては分かります。
しかし頭に残っている津波の映像と、目の前の穏やかな海は、全く別物に見えました。
中浜小学校

山元町を訪れて最初の数日間は、ボランティア活動に忙殺されていました。
「今は手が空いてるから、中浜小学校を見に行っておいで〜」
と溝口先生が送り出してくれたため、この日は震災遺構の1つである中浜小学校に向かいました。
ここは、迫り来る10メートルの津波を前にとっさの判断で屋根裏部屋に避難し、児童59人を含む全員が助かった”奇跡の生還”の舞台です。津波の傷跡を改修せず、そのまま残すというユニークな設計で、2020年から震災遺構として一般公開されています。

全員が無事だった背景には、いくつもの要因が重なっていたそうです。
例えば、震災の数日前に、地震が来た場合の避難ルートの確認をしていたこと。
児童全員が避難所に着くまでには何分かかるのかを直前に検討し、マニュアル通りの避難ルートでは津波から逃げられない可能性もあることがわかっていました。
そのことが、3月11日に発生した津波を前に、マニュアルで示された避難ルートではなく屋上に避難するという判断につながっていたそうです。

ただし、この選択は賭けでもありました。津波が屋上よりも高ければ、全員が津波に飲まれてしまうからです。
結果的には全員が助かりました。しかし、到達した津波の高さはギリギリだったそうです。
ここにも1つ要因があり、
たまたま施工時に敷地全体を2mほど地上げしていたのだそうです。
もしこの地上げがなければ、あるいは津波があと1mでも高かったら…。
巨大災害時の対応には必ずしも正解がないことを、中浜小学校は教えてくれます。

中浜小学校を訪れる中で、たくさんの写真を撮りました。
あちこちで、いろいろな角度から。
しかし改めて見ると、実際にその場に立った時の感覚とのズレをどうしても感じます。
もっと広く感じたし、もっと空気感のようなものがあった。
もちろんそこに写っているものはあるのだけど、何も写っていないように思える。
ありのままを写せるGR。そのはずなのに、どうしても違和感が拭えませんでした。
あ、もしかして、これが別所先生の言っていた
「なにも撮れないけど、なんでも撮れる。なんでも撮れるけど、なにも撮れない。」
ということなのでしょうか。。。

初めて目で見て、肌で感じる津波の威力。
床から天井まである学校の骨組みが、こんなにぐにゃりとゆがんでしまうこと。
この場所は海からの風がびゅんびゅん吹いてくること。
静けさと緊張感が共存するような感覚があったのですが、
この感覚が、写真にすると小さくまとまってしまうのです。
ありのままって、写らない!
28mmの世界が私に突きつけたのは、自分の目で見るありのままの現実と、カメラで映せる世界との違いだったのです。
よし、今月のMARSHの記事はこれで書ける。
そう思っていました…この時点では。
カメラと「いま」「ここ」

ここでもう一度GRⅢのキャッチコピー を振り返ってみます。
「GRを手に、日々を撮る。
煌めきの瞬間を探し求めない
イメージだけを追い求めない
GR III そして GR IIIx。
平凡は平凡のままに
心の動きに正直に、目の前のいまを切り撮る。
それぞれの視点で重ねていく毎日が
今をかけがえのないものにする。」
改めて見ると、GRⅢは『ありのまま』を写すことを目指したカメラのように見えます。
『ありのまま』を渇望するGRⅢの姿勢は、「いま」「ここ」に存在するものに対して礼拝的価値を認める哲学者ヴァルター・ベンヤミンの『複製技術時代の芸術』を思い出させました(メディア専攻の学生が全員読まされる古典の本です)。
複製芸術(写真)が「いま」「ここ」にあることの意味を消失させてしまうことを指摘したベンヤミンは、複製芸術のモンタージュ(簡単に言うと映像の編集)に可能性を見出しました(勉強中)。
ベンヤミンをなぞるように、私は中浜小学校での体験を通じて、写真と自分の目で見る光景との根本的な違いに気づきました。
一方で、映像編集の世界にないものを求めて写真の世界に”出向中”の私は、ベンヤミンと逆を進んでいるのかもしれない。
そう思っていました…この時点では(2回目)。
揺らぐ『ありのまま』

話は戻りますが、中浜小学校からボランティアの現場に戻った私は、急いで溝口先生に報告をしました。
「先生わかりました!ありのままって、写らないんですよ!私、ベンヤミンと逆でした!」
と、中浜小学校の写真を見せながら熱く語る私。
「なるほど良い気づき!」写真もどんどん上手になってすばらしき!」
と、コメントする先生。
いえいえ、先生たちの教えあってのことです。おかげで今月もなんとか記事が書けそうです。
「ところで1個だけ気になったことがあるんだけど、目で見た光景って、本当にありのままの光景だったのかな?」

はじめは何を言っているのか分かりませんでした。
え、被災したままの状態を保っている中浜小学校を、自分の目で見てきた…はずなんだけど…。
「例えば2011年4月の中浜小学校を見たことがある自分が同じ光景に出会ったら、震災直後の中浜小学校との違いにがまず目についちゃうかも」
以前との違いというと…?
「あの当時は1階にもっといろんなものが積み上げられていたよなぁとか、床が土で覆われていたよなぁとか、松の木が建物に突っ込んでいたよなぁとか、体育館の床が隆起していたよなぁとか、例えばね」
「写真にうつっている部屋はどこもそうだけれど、飛び出した鉄筋とか、割れたガラスとか、先端が鋭い箇所は来館者が怪我をしないように取り除いたんだね」
「もちろん、訪れる人が怪我をしないことは大前提だから、大切なことだよね。でも、完全に被災したままなのかと言われると、そうではないかもしれない」

私が特に「ありのままの被災」を感じられた場所がもう一箇所ありました。床の板が剥がれている廊下です。津波の威力を痛感させる、ここでしか写せない一枚になっている…はず…。
「なるほどね。ただ、床の板がこれだけ剥がれている要因は、直接的な津波被害ではなくて別にあるのかも」
え、津波が床板を流したのではないのですか?
「震災後の二次的な風化かな。廊下の板は震災後数年間はそれなりに綺麗に揃っていたはず。そもそも震災後はフロアの全面を泥が覆っていたし。
土が取り除かれて、しばらくは揃っていた床の板が、何年間も窓から吹き付ける海風にさらされる中で変形して反り返って、外れていったんじゃないかな」
数年前に見たときは、こんなに板が外れていなかった、と先生は言うのです。
震災直後から震災遺構として公開されるまで、都度撮り溜めたという写真を見せてもらうと、、本当でした。
広がっていたのは、きれいに並んだ床板。
私が津波の威力を『ありのまま』に感じ取った風景は、数年前ですら同一の状態にありませんでした。
「もちろん、震災直後の姿が本当で、遺構として公開された今の姿が偽物ということではないよ。
重要なのは、人によって『本当の』中浜小学校の姿は違うかもしれないこと。思い描く姿ではなくて、目に見える姿そのものが違うかもしれないこと。
同じ場所で同じ方向を向いていたとしても、中浜小学校の卒業生や保護者の方には、あるいはあの日の夜を屋根裏部屋で明かした人たちにとっては、あるいは家族を失った人たちにとっては、西尾さんとも溝口とも違う光景が広がるんじゃないかな」
私にとって、これは全く想像できなかった話でした。
「カメラだけじゃなくて、自分の目もまた1つのメディアだよね〜。」
とゆるい口調に戻る溝口先生。

写真にはありのままが写らない。さっきまでの私はそう考えていました。
けれど、自分の視界にだって、ありのままは写っていないのではないか。
ここで、別所先生の言葉をもう一度思い出します。
「なにも撮れないけど、なんでも撮れる。なんでも撮れるけど、なにも撮れない。本当は全部のレンズがそうなんだけど。」
28mmはクセのあるレンズ。でも、ゆがみがあってクセがあるのは、本当は28mmに限らない。望遠レンズだって、標準レンズだって、実はなんでも撮れるし、なんにも撮れない。私は、重要な補足を聞き逃していたのです。
「カメラだけじゃなくて、自分の目もまた1つのメディアだよね」
溝口先生の言葉。レンズだけではなくて、自分の目もまた、ゆがみがあってクセがあって、なんでも見えるけどなんにも見えない。

そうなると自分の見たものが信じられなくなってくるのですが、だとすれば、何を信じれば良いのだろう。
ありのままなんて、本当にあるのだろうか。
ベンヤミンをなぞるように、私は中浜小学校で写真と自分の目で見る光景との根本的な違いに気づきました(2回目)。一方で、映像編集の世界にないものを求めて写真の世界へ”出向中”の私は、ベンヤミンとは違う可能性を模索しなければなりません。
でも、そもそも今まで災害と全く無縁だった自分に、一体何が撮れるのか。
そこには『ありのまま』があるのだろうか。
GRⅢを通じて、なんだか途方もない宿題を与えられてしまったような気がします。
「いちばんたいせつなことは、目に見えないしメディアでは表現できないからね」
あ!出発前のそれも伏線だったんですね・・・。
今月の一枚

被災地は「見えない」情報に溢れていました。
見えないものに溢れた世界にいるからこそ、自分が「ありのまま幻想」に取りつかれていたことに気づきました。自分自身が感じたことが全てで、それが真実なのである、と。
しかし、自分の見る世界も、そこから写す世界も、ありのままなのだろうか。
自分が見ているものは一体何なのか。
改めて、ありのままとは何か。
このように意識してしまうと、途端に足場がなくなって宙に放り投げられたような感覚になりました。
ただでさえ、これまで被災地とは何のつながりもない自分です。
この場所で何か撮れるものがあるのかどうかすら、分からなくなってきました。
どんどん自信を失っていく私。
懐をあたため続けるGRIII。
蛇足ですが、このあとボランティア活動を通じてさらなる壁に直面します。待て!次号(りぼん風)。
そんな中、被災写真を持ち主にお返しするボランティア(本来の目的)の会場で撮った1枚が、思いがけず先生たちから好評を得ました。
差し込む光の中で被災写真をとらえた1コマ。
「この撮り方は初めて見たかも」
と、11年間この活動に携わっている溝口先生にも言われました。
慌てて別所先生にも見せたところ、大好評。ちょっと自尊心が復活してきました。
当事者ではない、関係者でもない、全くの無縁な自分。
でも、そんな自分にも、撮れるものがあるのかもしれない。
どこからもいなくなってしまったように思えた”本当の欠片”は、だからこそ私の一挙手一投足にだって宿っているのかもしれない。
迷いの中で、光を見つけたような気がしました。
2022年3月の自己分析

3月のカメラ「RICOH GRⅢ」を使用して、軽くてすぐ撮れる相棒となら何だってできる!と思って被災地に飛んで、壁に当たって、自分はどんな人間だと分かったのか。
RICOH GRⅢ×被災地による気づき
・自分の目で見えた印象・自分の耳で聞いた言葉に重きを置く傾向があったこと
・言い換えれば「ありのまま幻想」を抱いていたこと
・目に見えないもの・言葉にできないものに想像を巡らせるのが苦手だったこと
次回予告

実際に被災地を訪れて、ありのままを写すことなどできない、と気がつきました。
さらに溝口先生の言葉を受けて、そもそも自分の見えている世界自体が、ありのままと言えるのだろうかと考えるようになりました。
ありのままは本当にあるのか。あるならばどこにあるのか。
今月は、このことを宿題としてもらった1ヶ月となりました。
来月はこの宿題ともう1ヶ月向き合って、なにかしらの結論をお届けできればと考えています。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
ぜひまたお会い出来ることを願っております。
連載ルール

- 西尾遥に、MARSH編集部から、1ヶ月に一度【カメラ】が届く
- 西尾遥は、【カメラ】で写真を撮り、月に1回フォトコラムを制作・公開する
- 西尾遥は、本連載企画を通じて、自分の気づかなかった・知らなかった自分自身を見つける





