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Nikon Z 8 大解剖(5):「そこに愛はあるんか?」(あるいはカメラを持つ全ての人々への賛歌)

第一回から第四回まで、Nikon Z 8のあれやこれやを詳細に書いてきたこの連載も、これが最後の一本。これまでの4本では、Z 8が2023年に存在する意味であったり、誤解を受けやすそうな部分を解きほぐしてみたり、驚異の性能をクローズアップしたり、手を替え品を替えZ 8がいかにすごいカメラであるのかを伝えようと努力してきたんですが、杞憂でしたね。いらんかった。全然僕がそんなこと書かなくても大丈夫だった。だって、後から出てくるレビューのどれもこれも、全部大絶賛でした。もちろん、元から心配なんてこれっぽっちもしてなかったけど、これほど絶賛されるカメラになるとは、流石に予想してませんでした。孤軍奮闘どころか、Z 8名機の大合唱やないかと。

というわけで、ラストの一本は趣向を変えようかなと。何について書こかなと。そうだなー、僕に書けることって言ったら、あとは愛について?

「は、愛?ラブ?カメラレビューで何言ってんのこいつ?」

って思いましたか?思いましたよね、書いてる僕が思いましたもんな。でもね、市販の多くのカメラが最先端の機能をぎゅうぎゅうに積み込んでて、普通に撮る分にはもはや天井スペックに思えるような品物が簡単に手に入る現在、あえて僕がなぜ他のマウントからニコンに戻ったのか、その話を最後にしておこうかなと。そしてそれは、究極的には、ある種の「愛」についての話としてお伝えするべきだろうと思ったわけです。僕が愛と呼んだ話は、時に「情熱」とか「矜持」とか「尊敬」とか、そういう種類の単語に変えてもいい。これら圧倒的な機能を備えたフラグシップカメラのレビューには似つかわしくないような情緒的な単語こそが、カメラを選ぶときの最後の「ひと押し」になるって話をしようかなと。

そしてそれは、別にNikon Z 8に限った話ではない。これが今日の記事の大事なところです。あなたにとっては別のカメラがそうかもしれない。これから話す内容は極めて個人的な経験談で、Z 8のレビューとさえ言えないでしょう。でもZ 8を今回選ぶに至るその道のりは、僕の話ではあるけれど、多分あなたの話でもある。Z 8ではない他のカメラとつながっている、あなたの話でもあります。そういう目線で、この記事を読んでもらえたら嬉しいなと思います。Z 8を推しているけど、本当に推したいのは「カメラを持つということ」そのものについて。そう思って欲しい。そう読めなかったら僕の筆力が足りなかったせいです。

話は10年ほど前に遡ります。

その頃僕はまだ本当に何者でもなくて、今もまあ、あの頃から成長しているかというと大して変わらんというか、むしろ髪の毛や筋肉量や知的生産量なんかは明らかに減っているんですが、肩書きはちょっと増えてますね。でも10年前は本当に何も持っていなかった。東京カメラ部の10選でもなかったし、Nikon Z 8の公式プロモーションに出て来られるような一般的な認知もゼロだった。インスタは当時やってなかったし、Twitterのフォロワーはせいぜい300人ほどでした。そんな何の影響力もない時代の話。一つの展示に出たんです。

展示では3枚の写真を出しました。この三つ。

確かこの3枚だったと思う。もしかしたら花火の写真は別の写真だったかもしれないけど、残りの2枚は確実にこれ。この中の一番下の写真に、じっと目を注いでくれる人がいました。いや、じっと目を注ぐなんてレベルじゃなくて、その方、一度別の展示を見に行った後も、何度も僕の展示に帰ってきてくれた。あまりに何度も来てくれるので、よっぽど気に入ってくれたんだろうなあと嬉しくなって、声をかけるわけですよ。僕はもともと、展示では声かけるのが苦手な方で、「この写真いいっすよねー」とか言えないんですよね。だって、僕だけがいいと思ってる可能性だってあるわけじゃないですか。ワイにとって良い写真が、あなたにとって良い写真かどうかなんて、誰にもわからない。でもね、流石にね、何回も何回もこの写真の前に来て、じーーーーっとみたり、時に目を近づけたり、ちょっと離れたりなんてしてくれたら、そりゃまあ多分、ちょっとは気に入ってくれてるって思ってもバチは当たんない。てことで、声かけちゃったんです。こんな感じだった気がします。

「これすごいっすよね、NikonのD800ってカメラで撮ってるんです、めっちゃすごくないっすか!?」

食い気味、ちょっと怖い。

いやでも、僕は多分、「自分がこの写真を撮った!」っていうのが恥ずかしかったんだと思う。てか、僕はいつもそうで、その写真の良さを、自分の腕とかにするのが恥ずかしくって、だから撮影意図とかその時の逸話とかを写真展で話すことができない。なんていうか、自分の手柄にするのが怖いというか恥ずかしいというか、感触としては「たまたまそこにいてたまたまシャッターを切ったのが僕だった」しか言えないのですね。だからだろうなあ、すんごい良い写真が撮れたのを、機材のおかげって話にしたかったのだと思う。僕は単にそこにその機材を持っていただけの人間。すごいのは、この場所と、そして機材。だからNikon D800の自慢をしてしまった。このカメラがいかにすごいか、いかに僕みたいな何でもない人間でもすごい写真が撮れるのか。そんなことを滔々と話しちゃった。

で、その方、最初は嬉しそうに聞いてくれてたんだけど、途中から何かもじもじとしてらっしゃって、何か言いたいことがありそうな気配が漂っているのに気づいたんですね。僕の食い気味の説明、行きすぎたかな?ちょっとなんか走りすぎ?そんな懸念が頭の片隅によぎった頃でした。その方、おずおずとこう切り出されたわけです。

「あの、すみません、申し遅れましたが私、ニコンのものでして…」

なんじゃてぇ!?
ニコン社員にニコンのカメラの自慢してた、オマエなにさま、クッソ恥ずいんやけど!!

てか、ニコンの人なら早よ言うてって、その時はもう顔真っ赤になっちゃったけど、でもそりゃそうっすよね。開口一番でD800のこと語り始めちゃったら、ちょっと言いづらくなりますわ。今ならわかる、あの時の食い気味のワイは流石にキモかった。

でも、大爆死レベルの超恥ずい会話が終わった後、結局その後もD800の話になって、結局楽しくて、話し終えた後にその方は名刺をくださったんです。ちゃんとニコンのあのマークが入った名刺を。それが、僕がカメラをやり始めて最初に声をかけてくださったカメラ関係の方だったんですね。それがニコン広報のHさん(名前は流石に伏せますね)との出会いでした。一台のカメラに、人間の姿が重なったのは初めての経験でした。自分の写真が、カメラを仕事としている人に深く刺さったのだと知ったのも、その時が初めてでした。もらった名刺とその時の経験は、僕がその後、写真をやっていく時の心の支えになりました。初めて誰かにしっかり認めてもらえたような、最初の一回だったから。

ところがその数年後、僕は別メーカーのミラーレスを使うことになります。2017年のことです。理由はたった一つで、その頃海外の撮影を始めようとしていた僕は、「可能な限り機内に持ち込める軽いミラーレスフルサイズカメラ」が欲しかったのですね。で、その頃ニコンはまだフルサイズのミラーレスを出していなかった。他に選択肢がなかったってのが理由で、僕を育ててくれたニコンマウントを横に置いて、別マウントに行ったわけです。

マウントが切れたら、縁も切れちゃいがちなのがカメラメーカーとフォトグラファーの関係です。Hさんとは何度か東京カメラ部の展示やトークショーでお仕事をさせて頂いてたけど、それも無くなっちゃうかもなあと、残念だし、申し訳ない気分でもいました。でもそんな中で、ある時、Hさんがこんなことを僕に言ってくださったんですよね。

「いつか別所さんにも選んでいただけるようなミラーレスを、我が社は必ず作ります」

僕はね、それを実は結構本気で待ってたんですね。社交辞令と捉えることもできそうなその言葉を、僕は全然疑わなかった。それは僕がどうこういうよりも、Hさんの人柄がそういう人だったから。あるいは、ニコンという会社が、そういう会社だろうということがわかっていたから。ユーザーが求めて、待っているなら、それに愚直なまでにストレートに向き合う会社であることをわかっていたんですよね。

さて、僕がちょうどマウントを変えた一年後、ニコンはZマウントを発表して、Z 7、Z 6と発表していきました。何度か使わせてもらう機会がありましたし、その度に「ニコンまた使いたいなあ」と思っていたのですが、思い切れなかったのは皆さんも多分ご経験がある、あの「重たさ」のせいです。

マウント全部を再び処分してニコンに戻るには、いささか機材が増えすぎてたんですね。それを全部処分して、また1からマウントをそろえていくのは、ちょうどプロとして仕事を始めたばかりだった僕にとっては、財政的にすぐには決断できない状況でした。そして何より、僕は歳をとりました。そのせいで、フットワークが重たくなってしまった。

歳をとるとともに、髪も筋肉量も減るくせに、しがらみや体重ばかり増え、人間関係はこんがらがっていきます。責任や仕事絡みで言えないことも、どんどんと両肩にのしかかるようになりました。もう簡単には動けない。あの2017年、ミラーレス購入の際に他マウントに移行した時の身軽さは、僕にはなくなりつつありました。それが生きるってことなんでしょう、皆さんもご存知の通りです。あるいは、若い人たちが、これから経験することです。

そんな重たい状態が数年続いた後、ある日代理店を通じて僕に届いたのが、一台のカメラのプロモーションへの参画でした。当時はそのカメラについてはほとんど知らず、クライアントがニコンであるということ、そしてそれはミラーレスのフルサイズであること。それだけが僕に提示された内容でした。でもその提示が来た時、ふと僕の頭によぎったのは、数年前のあのHさんの言葉です。

「いつか別所さんにも選んでいただけるようなミラーレスを、我が社は必ず作ります」

もちろん、そんな連絡がHさんから来たわけではありません。でも、何となく、僕は「ああ、いよいよ“その時”が来たんだな」と、その打診を受けた夜に自然と思いました。そして、何の情報もないけれど、多分この打診をしてくれた人の中には、10年前に僕の写真を見てくれたあの人がいるかもしれないなあと。

事実かどうかか、誰にもわからない。僕も実際にそんなことを聞いたわけではありません。だから想像でしかない。でもそんな想像がふと頭によぎるほど、あの10年前の出会いが僕にとっては大きな出会いの一つであったってことなんですね。そのしなやかな縁が、2023年の僕につながった。

そう思った瞬間、自分の両肩を重たくしていた色々なものが、急に軽くなったような気持ちになります。示された信頼に対して、僕ができることは一つしかない。決断は容易でした。

さて、何が言いたいのか、そろそろ話を終えないといけません。企業のオウンドメディアで書くような話でもない、自分の個人的な体験をつらつらと書き付けながら、僕があなたに伝えたいことはたった一つです。あなたにもまた、僕のこの話と似たような、写真とカメラを通じた「縁」や「出会い」があるはずですよね、ってことなんです。カメラというのは、写真という営為は、そういう種類のものだからです。それは人だけではなく、世界そのものとの縁を紡ぐ、それがカメラだと思うのです。

カメラを持って家を出る。
あるフォトグラファーは、誰か大事な人を撮るかもしれない。その人でないと撮れない一枚を撮るために、レンズを一人の人間に向ける。その時写真には、その二人の関係性が否が応でも記録される。

カメラを持って家を出る。
あるフォトグラファーは、自分の故郷の山に登るかもしれない。その人しか知らない場所から見る故郷の風景を撮ろうとすると、同じようにその場所に登ってきた、別の誰かと出会う。自分だけしか知らないと思っていた場所は、誰かもまた愛している場所だと知るかもしれない。

カメラを持って家を出る。
その先には、人と世界が待っている。写真という営為、カメラという機械は、その関係性の中でのみ、初めて色を帯び、形を結ぶ。全てが繋がりの中で動き出すのが、写真なんです。Hさんとの出会いを通じて僕がZ 8を選んだように、あなたにとっても誰かとの出会いが、何かのカメラへと、そして「決定的瞬間」へとつながっていくはずです。

カメラを通じて、重ね書きされる世界と人。同じ場所で撮っても、一枚として「同じ写真」が現れないのが写真です。ファインダーの向こうの世界は広く、大きく、多面性と多様性に満ち溢れた姿を我々に見せてくれる。カメラとは、写真とは、そういう営みであると信じたい。世界が全ての人に対して等しく開かれているということ、それを確認できるものとしてのカメラ、写真。

その僕の気持ちをたった一つの単語で表すのだとすると、それは「愛」という単語を選ばざるを得ないわけですよ。世界への愛、人への愛。あるいは熱意、矜持、誇り、今回のレビューでそういう情緒的な単語を実は散りばめてきてたんですが(よかったら全四回ももう一度読んでみてください)、それらの単語はZ 8を語るものであり、同時に、どのカメラにも込められているはずのクラフトマンたちの姿を語るものでもある。そういうカメラを、皆さんもぜひ手に取って欲しい、そんな願いを込めて、この記事をZ 8レビューの最後に置いときますね。

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▲別所隆弘さんによるMARSH連載コラム『シャッターを切る前の話』

▲別所隆弘さんによる打ち上げ花火の撮影テクニック解説記事

▲別所隆弘さんによるNikon Z 8レビュー記事

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この記事を書いた人

フォトグラファー、文学研究者、ライター。関西大学社会学部メディア専攻講師。毎日広告デザイン賞最高賞や、National Geographic社主催の世界最大級のフォトコンテストであるNature Photographer of the Year “Aerials” 2位など、国内外での表彰多数。写真と文学という2つの領域を横断しつつ、「その間」の表現を探究している。滋賀、京都を中心とした”Around The Lake”というテーマでの撮影がライフワーク。日経COMEMOで記事執筆中。フォトグラファーとしての知見を活かして、インバウンドや地方創生事業、SNS運用のコンサルタントなどにも関わる。