幾つもの人生を生きる 【第1回:SIGMA dp2 Quattro】 text&photo by manimanium

写真を撮るのが好きだ。写真を撮っているときだけ息ができているような気がしてきたし、だから毎日シャッターを切り続けてきた。

だけど、いつも使うカメラはなんでも良い。そう思ってきた。

今まで私が手にしてきた機材は、母親から借りたコンパクトデジカメと、携帯やiPhone、あとは全て周りの方に勧めてもらったもの。

写真しかやってこなかったのに、機材に対して思考停止してきた。あるものを使えばいいと思っていたし、どれだけ学ぼうとしても全然興味が持てなかったから。

 

さて、そんな私にも様々な機材を使う機会を与えられた。

“カメラサブスク”GooPassさんが機材を貸してくれるというのだ。

機材に対しての思考停止を終わらせるチャンスかもしれない。

 

せっかく借りるなら、普段絶対手に取らないものにしよう。

そう思いレンタルをお願いしたのは 「SIGMA dp2 quattro」。

カメラ屋さんに行くたびに変な形のカメラがあるなあと少し気になっていたものだ。

形だけじゃなくてカメラの性能にもクセがあることを、このときまだ私は知らなかった。

カメラが届いてBEATSの岡島さんに、 SIGMA dp2 Quattroの性能とかを色々質問した。

 

そうそう、私は大阪にある写真スペースのBEATS(展示できたり、スタジオがある場所)に暮らしている。二階に岡島さん、三階に私が暮らしていて、近々もう一人引っ越してくる予定だ。成り行きで、写真をやりたい人間が集まるシェアハウスのような場所になった。

岡島さんはBEATSの代表で、私にとっては師匠でありライバルのような存在だ。簡単にいうと、なにわの気の良いおっちゃんである。私たちは今、側から見れば謎の二人暮らしをしている。

 

話は戻って、カメラのことを岡島さんに聞くなり「また変なカメラ借りたなあ」と言われた。

 

「そのカメラ三脚いるで」

「もしくは明るいとこでしか撮られへんで」

「普通そんな、気軽にスナップするようなカメラじゃないで」

「めっちゃノイズ出やすいし、iso400以上はガビガビになる」

 

ええ、そうなん。そうなんか。

コンデジだから割と気軽だと思っていた。

すごく高画質で撮れるけど、癖の強いカメラなんだ。

そんな、しっかり景色とかを撮影する柄じゃないけど、大丈夫だろうか。

 

「まあでも、自分なりに使ってみたら良いんとちゃう?」

 

それもそうだな。というか自分なりにしかやっていけないな。

そう思い写真を撮りに出かけることにした。

初めて手にするカメラを持って、自由に写真を撮りに出かけるのには休暇が必要だ。

当方26歳の写真家。なんとこの歳になるまで「休暇」という概念がなかった。

21歳で病気になってから休みの日はずっと寝ていたし、それ以外はずっと働いていた。

休日を設けてみて休日の必要性に初めて気づいた。ずっと働くとパフォーマンスが落ちるし、休みは心身共にすっきりとさせてくれる。

週に二日休みがあるとされる会社や学校のあり方は、結構理にかなっているんだな。

休暇が必要なことは読者の皆様には当然の感覚かもしれないが、私にとっては最近知った衝撃の気付きだった。

いくら写真が好きだからって、仕事が好きだからって、休みは必要だということをこの秋に知り、この撮影のために旅行を計画した。旅行に行くなんて、とてもうっとりしてしまう。

SIGMA dp2 Quattroを抱えて京都まで、二泊三日の一人旅に出かけた。

京都国際写真祭の開催にタイミングを合わせて、街を撮り歩きながら展示を全て回りきる。道中一人で動物園に行ったりもして、とても有意義な時間を過ごした。

覚悟はしていたが、夜に撮影したら見たことがないくらいにガビガビの写真が出来上がっていたので、昼間に撮るようにした。三日とも晴れて良かった。

 

普段は一日に500枚は撮影している私だが、この三日間で300枚も撮影しなかった。いつもより集中して撮ったにもかかわらずだ。ただの一度も雑にシャッターを切れなかった。 

SIGMA dp2 Quattroは、とても丁寧に今に向き合わせてくれるカメラ。美しいと思う景色を見つけては立ち止まり、一枚一枚丁寧にシャッターを切った。如何せんカメラの起動や反応が普段使うカメラより遅いので、そうせざるを得なかったのだけど。かえってそれが良かった。休日のテンションにぴったりだ。

街の景色や自然の風景がちゃんとデザインされたものだと気づかせてくれる不思議なカメラだった。

新しいカメラを持つたびに、頭をすっかり取り替えたような心地がする。カメラは歴代のものと合わせて10台くらい持っているけれど、持ち歩くカメラによって見える景色がまるで変わっていく。カメラの性能に合わせて着眼点が移る実感が楽しい。例えばマクロが得意なカメラを持っている時はマクロな視点になるし、広角レンズを持っている時は景色全体として美しいものを探してしまう。

カメラの数だけ視点が増えて、まるでいくつもの人生を生きているような心地だ。

とても飽き性なのだが唯一写真だけは十年以上も続いていて、それはきっといつも違う景色を見せてくれるからなのだろう。

写真に疲れてカメラをもたずに出かけた日もあったが、急に人生が味気なく感じてしまい写真から離れられなくなった。

今日もカメラを通して新しい景色に出会えた。

SIGMA dp2 Quattroは、今に丁寧な気持ちで向き合わせてくれるカメラ。

きっとまた休日にこのカメラと時間を共にしたい。

 

(写真・文:manimanium

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